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社会問題

感染者は米国の30分の1以下…それでも“病床数世界一”の日本で医療崩壊が起きるワケ

https://news.yahoo.co.jp/articles/bd5fc43cbf48ae728a636311b6da7cb8d82f0c15

2021/1/15(金) 11:12 文春オンライン

 2020年の末から日本を襲った新型コロナ第三波。その勢いは止まらず、ついに1月8日から首都圏の1都3県へ、14日からは2府5県を対象に2度目となる緊急事態宣言が発出された。 【写真】この記事の写真を見る(6枚)  そして日々、増加する感染者の数とともに、「医療崩壊の寸前だ」という報道が絶えない。こうした声に疑問を呈しているのが、医療ジャーナリストでもある森田洋之医師だ。

医療現場最前線に必要な支援

©iStock.com

 いま鹿児島で介護と連携しながら地域医療に携わる森田医師はこう語る。 「確かに、新型コロナ肺炎の医療現場最前線で奮闘しておられる医療従事者の方々は、本当に大変な思いをされている。それは紛れもない事実だ。彼らには大いなる感謝と激励の言葉を送りたい」  その一方でこう指摘する。 「本当に送るべきなのは感謝や激励の言葉でなく、『適切な人員補充』や『十分な休暇』という実質的な支援だ」  森田医師がデータで明らかにしたように、日本には人口あたりでいえば世界一の病床数があり、医療機器もそろっている。看護師の数も少なくない。しかも欧米先進国と比べても、感染者数・死者数は圧倒的に少ない。そうした豊富な医療資源のある日本において、 「どうして、必死の思いで踏ん張られている最前線の医療従事者に、支援の手が回らないのだろうか」  森田医師はこう問題提起する。

日本の医療資源をデータでみてみる

 その分析や見解については、「文藝春秋」2月号へ森田医師が寄稿した記事「 日本だけなぜ医療崩壊が起きる 」を読んでいただきたいが、ここでは主に雑誌記事では掲載できなかったデータのリンクを紹介していこう。  まずは記事で紹介された日本の医療資源に関するデータを確認していこう。  森田医師が分析に際してデータを丁寧に確認するのは、医学部へ入って医師になる前、経済学部を卒業していることが関係している。そこでデータを見る目が養われたことにより、目の前の現象に振り回されることなく分析ができるのだ。

他国を圧倒する“人口あたりの病床数”

 まずは日本の病床の数だが、OECDのデータによると人口1000人あたりの病床数は13.0と他の先進国を圧倒している。   https://data.oecd.org/healtheqt/hospital-beds.htm  もっとも上記の数には療養病床など、慢性期医療に利用され、新型コロナへ対応するのが困難な病床も含まれている。  では、急性期医療向けの病床はどうか。これも以下のデータが示すように、人口1000人あたり7.8と1位なのだ。   http://www.oecd.org/coronavirus/en/data-insights/hospital-beds-acute-care  また、ICU(集中治療室)など、より重症の患者を診る病床の数も厚生労働省の資料によると、決して少なくない。   https://www.mhlw.go.jp/content/000664798.pdf  MRIも人口あたりの数は世界一。   https://data.oecd.org/healtheqt/magnetic-resonance-imaging-mri-units.htm  CTもやはり人口あたりの数は世界一。   https://data.oecd.org/healtheqt/computed-tomography-ct-scanners.htm#indicator-chart

医師数は確かに少ないが……

 とはいえベッドや機材があればいいというものではない。医師や看護師がいないと医療はできないからだ。その点もOECDのデータで確認してみよう。  まずは医師数だが、人口1000人あたり2.5人。これはOECDの下位に位置する。   https://data.oecd.org/healthres/doctors.htm#indicator-chart  一方で看護師の数は人口1000人あたり11.8人と上位である。   https://data.oecd.org/healthres/nurses.htm#indicator-chart  たしかに日本の人口当たりの医師数は多くない。だから日本は「医療崩壊」の瀬戸際にあるのだろうか。  森田医師はそうした見方を否定する。なぜなら被害の規模が欧米各国よりもはるかに小さいからだ。  記事執筆時点での数字をみると、アメリカの感染者数は日本の30倍以上、死者数は40倍以上だ。ヨーロッパは国によって差が大きいが、優等生とされるドイツであっても感染者数、死者数は、それぞれ日本の12~14倍だ。  こうした状況は以下に示すアメリカのCDC(疾病対策予防センター)のデータで確認できる。   https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#global-counts-rates

コロナ下の日本医療

 ここまで紹介したような基本的なデータを踏まえた上で、新型コロナ第三波に襲われている日本の現状を見てみよう。  以下に厚生労働省が毎週、発表しているデータを示す。1月5日に公表された昨年12月30日時点での病床の状況だ。   https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000714776.pdf  これを見ると、PCR検査の陽性者数が最も多い東京都では重症患者の病床使用率が76%。軽症患者も含めた入院者の病床使用率をみると61%に達している。なるほど、この数字だけをみると「医療崩壊は目前だ」という声にも説得力がある。  しかし、ここで目を病床数に向けてもらいたい。  東京では新型コロナ感染者のために確保された病床数が4000。そのうち重症者向けは500床である。一方、日本医師会が提供する地域医療情報システムによると、東京都には一般病床が8万以上ある。   http://jmap.jp/cities/detail/pref/13  当然のことではあるが、病床があればいいというわけではない。繰り返すが医師や看護師がいなければ治療はできないからだ。また、すべての一般病床を新型コロナの感染者に向けて転用できるわけではないだろう。  だが、豊富な医療資源を抱える東京都において、新型コロナの感染者へ対応する病床を、これ以上、増やすことはできないのだろうか。

機動性のあるスウェーデン

 では日本より医療資源がとぼしく、しかも感染者数の多い国はどのように対応しているのか。森田医師が記事で挙げているのはスウェーデンの事例である。  前掲のCDC(疾病対策予防センター)のデータベースによると、1月6日の時点で、直近の30日間では感染者の規模は以下のような差がある。  スウェーデン 人口10万人あたりの感染者 1736.1  日本     人口10万人あたりの感染者 71.9 「文藝春秋」2月号において森田医師は、スウェーデン在住の医師がTwitterで紹介している資料を示している。   https://twitter.com/AyakoMiyakawa/status/1326898179539865601  これは昨年11月までの段階のデータだが、入院者の数に合わせて、ICUの病床数を機動的に増減させていることが分かる。  あわせてスウェーデン国営放送が紹介している手術件数に関するデータもみてみよう。(※Riketが全国/elektivが待機手術/akutが緊急手術 )   https://www.svt.se/datajournalistik/corona-uteblivna-operationer  このグラフが示すように、緊急を要する手術の数は大きく増減していないが、緊急ではない待機手術の数は最大で80%以上減っているのが分かる。  森田医師はそうしたファクトを踏まえて、日本の問題点を指摘する。

日本の医療制度に欠けているものとは?

「日本の医療制度に欠けているのは、病床数でも、医師数でも、看護師数でもない。臨機応変に対応する『機動性』である」  この指摘が説得力を持つのは、森田医師の体験に裏打ちされているからだ。  2009年、研修を終えた森田医師は北海道夕張市の夕張市立診療所へ飛び込んだ。のちには所長も務めている。夕張市といえば、財政破綻のために171床の市立総合病院が閉鎖され、19床の診療所になったことで、いま話題の「医療崩壊」のさきがけとされた地域である。  ところが森田医師が夕張市へ住み、データを吟味したところ、市民の死亡率は悪化しておらず、健康被害もなかった。つまり「医療崩壊」していなかったのだ。なぜ夕張は医療崩壊を避けられたのか。そのキーワードとなるのが「機動性」だ。  夕張の診療所は在宅医療やプライマリケアに注力し、高度医療や急性期医療は都市部の大病院へ依頼。他の地域や医療機関との機動的な医療連携があったからだ。  そうした取り組みを実際に経験してきた森田医師だけに、「日本の医療に足りないのは機動性だ」と喝破することができるのだ。  その機動性も、病床やスタッフを機敏に増減させる「縦の機動性」と、医療資源を不足地域へ移動させる「横の機動性」の2種類あるとした上で、いずれも欠如していると森田医師は指摘する。  では、他の国にはある機動性が、なぜ日本にはないのか。  その原因は決して医療の世界だけにあるわけではなく、じつは日々、日本の高度な医療サービスを享受している私たちとも大きく関係している。  森田医師が指摘する詳しい内容は「文藝春秋」2月号および「文藝春秋digital」掲載の「 日本だけなぜ医療崩壊が起きる 」で読んでいただきたい。そして、その問題を解決するための議論をはじめることが、いま奮闘している医療従事者の長期的な支援にもつながるはずだ。

「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2021年2月号