カテゴリー
コロナ 社会問題

「病床があるはずなのにコロナ患者が入院できない」政府が見落としている医療体制の問題点

https://news.yahoo.co.jp/articles/d9fe5c7c7d815819c7b32af93efc34b4206dd45f

2021/8/19(木) 15:16 PRESIDENT ONLEIN

新型コロナウイルス拡大で、病院への救急搬送を断られるケースが増えているという。だが、この患者の「たらい回し」は、コロナ禍以前から起きていた。一橋大学経済学研究科の高久玲音准教授は「救急患者を受け入れるキャパシティがないにもかかわらず、診療報酬欲しさに急性期医療に手を出す病院が多いのも原因の一つだ」という――。 【この記事の画像を見る】 ■コロナで入院するには相当な幸運が必要  新型コロナウイルスの感染拡大が続いている。その結果、医療機能は逼迫しており、コロナに感染した際に入院できるのは既に相当な幸運が必要だと言われている。東京都によると、都内では「自宅療養」は2万2226人、「調整中」は1万2349人となっている(8月18日時点)。  医療現場での混乱も続いているが、第1波の頃とは明らかに異なる点がある。多くの病院の経営は順調なのだ。  突然の流行で混乱を極めた第1波では政府のコロナ対策補助金が整備されておらず、病院は軒並みかつてない減収を記録した。未知の感染症に対する医療従事者の英雄的な奮闘にもかかわらず、ボーナスを削減せざるを得ない病院も多かった。  その後、コロナ対応のための補助金が整備され、2020年度全体でも黒字の病院が増えている。全国自治体病院協議会の調査では6割の自治体病院が黒字となっており、少ない患者数にもかかわらず、例年より黒字病院が増えていることが報告されている。

■通常の医療ができなくても「儲かる」からくり  筆者がとりまとめた東京都の病院を対象とした経営状況調査でも、赤字の病院はあるものの、コロナ患者の受け入れが期待されている都内の急性期病院は2020年度全体で億単位の黒字だ。多くの通常医療がキャンセルされた中での黒字は、病院に対する補助金がいかに潤沢だったかを示している。  コロナ患者の受け入れが少ない、もしくは受け入れていない病院は通常医療の縮小の結果赤字が続いているが、受け入れが可能な病院が金銭的理由で受け入れを増やせないという状況ではない。なお、急性期病院とは、急性疾患または重症患者の治療を24時間体制で行う病院のことを指し、救急患者の受け入れなどもそうした病院が担う重要な機能となっている。  黒字のカギは政府が設けた空床確保料にある。コロナ患者を診るためには、他の患者と隔離するために多くの空床を事前に準備する必要がある。空床を確保するには通常の患者の診療を停止する必要があり、そうした機会損失を補塡(ほてん)する補助金が設けられた。  政府はコロナ患者を診る体制が盤石であることを示すために、急ピッチで病床の確保を進めていた。そのため、かなり潤沢な空床確保料を設定しており、その結果として多くの通常医療がキャンセルされた上に病院の経営難が緩和された。  具体的には、ICU(集中治療室)では1床当たり最大で43万6000円/日、HCU(高度治療室)では21万1000円/日、それ以外の病床では7万4000円/日が支給される。  ※編集部註:初出時、「ICU」と「それ以外の病床」の支給額をそれぞれ30万1000円/日、5万2000円/日としていましたが、正しくは最大で43万6000円/日、7万4000円/日でした。2020年9月に引き上げられていました。訂正します。(8月19日18時40分追記)  この空床確保料には問題も多く、例えば、もともと稼働率の低い病院が、患者のいない病床をコロナ患者のための「空床」として申請して儲けているケースもある。 ■救急患者のたらい回しが増えたワケ  多額の補助金は配られたが、残念ながら医療提供体制は改善されていない。典型的な例は、搬送困難事例の増加だ。  感染が拡大するにつれて、都市部の救急搬送機能は麻痺状態に陥っており、数多くの搬送困難事例も報告されている。日本における「救急搬送困難事案」には決まった定義があり、それは「医療機関への受け入れ照会回数4回以上」かつ「現場滞在時間30分以上」というものだ。言い換えれば、3つ以上の病院に受け入れを断られて初めて「救急搬送困難事案」となる。

 どのような患者が受け入れを断られているのかというと、まず「コロナ疑い」の患者の搬送が困難になっているようだ。自宅療養中に症状が悪化した患者でも搬送段階ではPCR検査の結果が出ておらず、陽性が確定していない場合がある。そうした患者は通常の患者と同じように、コロナ対応していない病院も含めて搬送先が選定される。当然、「もしもコロナだったら……」と考える病院は受け入れを断ることになる。  一方、陽性が確定している患者の受け入れはいわゆる「重点医療機関」を中心に担われている。重点医療機関とは、新型コロナウイルス感染症患者あるいは疑い患者用の病床確保を行っている病院のことで、確保しているすべての病床で中等症の患者を積極的に受け入れることが期待されている。重点医療機関は空床確保料をもらっていることもあり、基本的にコロナ患者の受け入れを断らないことが想定されているが、実際には「直前まで診ていた一般診療の患者のベッドをすぐに開けられない」等の理由で断るケースもある。 ■救急患者を断れる日本、断らないアメリカ  コロナに限らず、「緊急の患者を断れる」というのは、平時から続く日本の医療提供体制の特徴でもある。例えば、平時から東京では1%程度の搬送が搬送困難事例となっている。医療事故が相次ぎ診療報酬も削減された2006年前後には、患者のたらい回しが社会問題化し「医療崩壊」と呼ばれた。  「患者を断る病院」という報道に長い間慣れきっていると、救急医療とはそういうものかと思ってしまうが、患者の「たらい回し」は海外では日本のような社会問題には発展はしてない。  最も有名な例は米国だろう。米国では1986年に制定されたEmergency Medical Treatment and Active Labor Act(EMTALA法)で、病院が救急患者に対して適切な診療を行わない場合には罰則の対象となっている。当時米国では、無保険者が民間病院に救急搬送の受け入れを拒否されることが社会問題化しており、EMTALA法はその解決策として制定された。  なお、EMTALA法は救急車内にいる病院搬入前患者の搬送要請には適用されていないので、「ベッドが満床なので断る」ということは依然として可能だ。そのため、日本の上記のような搬送困難事例の解決策として考えるのは必ずしも正しくないが、「どんな救急患者でも受け入れる」という救急医療提供体制はER型(北米型)と呼ばれており、近年日本でも地域的に導入するところが増えてきている。  例えば、東京ベイ・浦安・市川医療センターでは「24時間365日断らない」ことを救急外来のポリシーとして掲げている。こうした強固な救急医療体制の整備は、延び続ける搬送時間の短縮にも有効だ。筆者がER型を日本で実施している医師たちと2019年に共同で行った研究では、浦安・市川や鎌倉といったER型が実施されている地域では、搬送時間が隣接地域と比較しておおむね5分程度短かった。

■報酬目当てで急性期医療に手を出す病院も  コロナ患者、および疑い患者の搬送困難事例が伝えられる中で、平時から救急搬送受け入れの義務化を通じて「24時間365日断らない」病院を整備・支援していくということは必要に思える。加えてそうした方向性には、救急搬送の問題のみならず、長らく医療提供体制の課題だった、病院の機能強化・分化を促す面もあるだろう。  現在の日本の医療提供体制では中小規模の民間病院が乱立しており、救急医療に携わる急性期病院であっても救急専門医が1人しか常駐しない病院もある。また、看護配置の高い病院に手厚い診療報酬を設定していたこともあり、実際には急性期の患者の診療実績が乏しい病院まで急性期医療に参画してしまっている。  地域医療構想における「高度急性期」および「急性期」の病床割合は約6割にのぼっており、急性期の医療機能が集約化されていないこともたびたび指摘されている。言葉は悪いが、困難な患者の受け入れは断ってしまえるので、多くの病院が診療報酬上のメリットを目当てに急性期医療に手を上げているという実態もあるだろう。 ■乱立する中小民間病院の統廃合が必要だ  一方、ER型で実施されている「24時間365日断らない医療」のためには、人材を含めて多くの医療資源をその病院に集中する必要があり、弱い機能の病院では難しいことから、おのずと医療機能の分化が進む。既に高い水準にある医療者の労働負担を下げながらこうした強い病院を作ることは集約化なしには難しく、多すぎる病院の統廃合も実際には必要だろう。少なくとも、搬送を断らない病院は日本国内に既にあり、そうした病院のノウハウや知見がもっと広く共有され、診療報酬上も高く評価される必要がある。  加えて、病院の機能分化・強化を進める政策は、そのまま未知の新興感染症への対策にもなる。コロナ禍では急性期の医療機能が分散されているために、強力に患者を受け入れる病院がなく、そのために医療連携がすぐに困難になってしまった。  例えば、重症化した患者を診る大規模病院であっても、コロナ対応の集中治療室が10床程度であれば感染拡大に伴いあっという間に満床になってしまう。そうなると近隣の中等症を受け入れる病院も、重症化リスクの高い患者を受け入れることに躊躇してしまう。結果として医療システム全体が逼迫し、患者が必要な医療を受けられないケースも出てしまった。

医療崩壊は金銭的インセンティブだけでは解決しない  コロナ禍という非常事態では、病院が患者を受け入れないという事実がクローズアップされた。こうした事態を避けたいのであれば、平時から医療者の過度な負担なしに「24時間365日断らない医療」が実現できるような仕組みが指向される必要がある。また「24時間365日断らない医療」に過度に依存しない、国民の良識ある受診行動も大切になるだろう。平時にできていないことを有事に実行することは不可能だ。  政府は病院にコロナ患者を受け入れてもらうために、空床確保料という潤沢な金銭的インセンティブを与えることで対処してきた。膨大な公金が投じられた一方で、国際的には少ない感染者数にもかかわらず医療システムはすぐに逼迫してしまっている。この事実は個々の医療従事者の献身的な取り組みとは全く別に、全体的なシステムとしてわれわれの医療提供体制が大きな問題を抱えていることを示唆している。  急性期の医療機能の分化の問題とともに、緊急事態宣言下における医療従事者の義務とは何か、将来に向けて明らかにされる機会も必要だろう。飲食店における営業の自由をはじめ、多くの人の基本的権利が感染抑制のため長期間制限される中、医療従事者には強制力を伴う診療協力や米国で行われているような病床拡大の義務化ではなく、病院によっては大幅黒字になるほどの強力な金銭的誘導が行われている。これはバランスを欠いているのではないだろうか。  ワクチンの普及とともにこれ以上の自粛の継続は難しくなっており、医療機能の強化という下支えのもとに経済を徐々に回していく局面に差し掛かっている。今回取り上げた救急医療体制の課題は医療提供体制全体の一部でしかないが、さまざまな面で、コロナ禍で浮かび上がった課題をポストコロナの医療に生かしていく必要があるだろう。

———- 高久 玲音(たかく・れお) 一橋大学経済学研究科准教授 1984年生まれ。2007年に慶応義塾大学を卒業し、19年から現職。専門は医療経済学、応用ミクロ計量経済学。東京都地域医療構想アドバイザーも兼任。 ———-

一橋大学経済学研究科准教授 高久 玲音