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「在宅放置でコロナ死する人をもう増やしたくない」長尾医師が”5類引き下げ”を訴える本当の理由

https://news.yahoo.co.jp/articles/5d88f080fe70a8342a32ee03ba35900cc80b99b0

2021/8/19(木) 16:05 PRESIDENT ONLINE

■「2類相当」のままでは、命を守れない  新型コロナウイルスの感染症法の扱いを、季節性インフルエンザ並みの「5類」に引き下げる――。これは、いま私たち日本人にとっての最重要事項だ。「2類相当」のままでは、コロナ患者は保健所の管轄となり、地域の開業医が診ることはできない。これではコロナから命を守れない。 【写真】長尾和宏医師  病床が足りず、入院できない人が増えている。これは「自宅療養」と呼ばれているが、正しくは「在宅放置」だ。いまの仕組みでは、初期時の医療行為は行われず、重症化するまでひたすら放置されている。  自分たちの命を守るため、そして医療を守るため、国民は現行システムの問題点を理解し、声を上げるべきだ。そして“コロナの専門家”といわれる方々に私は問いたい。なぜコロナを「2類相当」にとどまらせようとするのか、と。 ■「これは医療じゃない。治療ネグレクトだ」  最近、テレビではこんなニュースをよく見かける。  病床が逼迫し、コロナ陽性と診断されても入院できない。だから患者は自宅で療養せざるを得ず、横になって、苦しそうに顔をゆがめる。その模様が「大変な事態」として画面いっぱいに映し出される。  「これは医療じゃない。治療ネグレクトだ」――東京都内の開業医がテレビを見てそう憤っていた。  その時はピンとこなかったが、私も1週間前にそのような事態に遭遇し、「治療ネグレクト」の真の意味を理解した。  知り合いの東京都在住の40代男性がコロナ陽性と判定された。CTに映った肺は真っ白だった。つまり「肺炎」を発症している。保健所からは「通常であれば入院させたいが、ベッドがいっぱいで難しい。毎日体温などの報告を」と言われたという。「そうは言っても苦しいし、不安だ」と、本人から電話がかかってきた。  血中酸素濃度をたずねると「96%」という。基礎疾患はなく肥満でもない。それでは入院できないだろうと思った。東京都が血中酸素濃度の基準値を「96%未満」と厳格化して入院患者を抑えるという方針を打ち出したところだったからだ。その時は「血中酸素濃度には特に気をつけて」と言って電話を切ったが、心配だった。  1週間後に連絡すると、彼は国立病院に入院していた。私との電話の4日後くらいに血中酸素濃度が90%まで下がり、保健所に必死に訴えたところ、やっと入院できたとのことだった。  「点滴をしてもらい、薬をもらって、ずいぶん楽になりました。自宅では解熱剤と咳止めの処方だけだったから」  時折咳き込みながら、彼は電話でそう話してくれた。  その時に「治療ネグレクト」の意味が私はわかったのだ。

■今は患者の多くが入院するまで治療を受けられない  「それって言葉をかえると『重症化を待っている』ということなんです」  長尾和宏医師(兵庫県尼崎市の長尾クリニック院長)が言う。長尾クリニックではコロナ発生当初に発熱外来を立ち上げた。そこでコロナと診断した人はこれまでおよそ600人、入院できず在宅療養を24時間態勢でフォローしてきた患者は300人を超える。  「現状の体制ではコロナの感染判明から入院先が見つかるまで合計1週間もかかってしまう。その間にハイリスク者は死ぬし、重症化の可能性も高くなる。大切なのは治療までの時間。コロナは“時間との闘い”なんです。けれど今は診断された患者の多くが、入院先が見つかるまで“治療を受けられない”(=治療ネグレクト、放置)です」  どういうことか。  コロナは現在、保健所を通して入院勧告や隔離、就業制限を行い、濃厚接触者や感染経路の調査が必要な「2類相当」(正確には「新型インフルエンザ等」のため、実質それ以上に厳しい)に分類されている。  つまりすべてが「保健所の管轄」になる。患者側が直接「医療機関とつながる」ことができないのだ。かかりつけ医がいれば電話で相談は可能なものの、かかりつけ医をもたない人が発熱症状などあれば、保健所を通じて検査を受けるしかない。治療も保健所の管轄下で進められる。インフルエンザ流行時によくあるような、ちょっと具合が悪いし熱が高いから近所の病院へ行って薬をもらう……とすぐに動けないのが、現在の2類相当である。 ■5類に引き下げれば、放置される患者がいなくなる  これにより「(コロナ)発症から治療までタイムラグが生じる」と長尾医師は訴える。  当初、長尾医師は悩んだ。本来、保健所の管轄である患者を診てもいいのだろうか。しかし一方で、医師法19条には「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければこれを拒んではならない」という応召義務がある。目の前の患者が熱が出て苦しいと叫んでいるなら、これを助けたい。コロナもほかの病気と同様に、自分が治療を請け負う。そう決意を固めたのだった。  コロナと診断した患者に対し、長尾医師は自身の携帯電話の番号を教え、毎日やりとりをしながら本人の体調が回復するまで24時間態勢でフォローしている。  「早期発見し、即治療。これは医療の原則で、そのほうが救命率も高くなるのは明らか。コロナに治療法がないという声がありますが、初期治療に使える薬はいくつかあります。僕はコロナ患者には全員、抗炎症剤を、ハイリスク者にはステロイドと在宅酸素を処方します。実はすでに昨年4月の時点から、肺炎を起こしているコロナ患者には肺炎診断時にステロイドを投与してきましたよ。みなさんどんどん良くなっていった。ですから町医者が一刻も早くコロナに感染した患者の治療にあたれば、コロナ死はゼロに近くなるでしょう。ただ僕だけでコロナ患者全員をみるのはもちろん無理なので、それぞれの地域の開業医総出でやりましょうと言っているんです。保健所を介さず、地域の開業医がコロナ患者を請け負える5類にすれば、放置される患者がいなくなるのです。今は“コロナだけが通常医療を提供できない”状態です」

■「開業医が診ていたら手遅れになる」という大誤解  だが、コロナをインフル並みの5類に落とすというと、2つの指摘がよくなされる。  ひとつは、「軽症患者ならそれもいいかもしれないが、中等症以上の患者では開業医が診ていたら手遅れになる」というものだ。  長尾医師は「最初から重症な人はいない」と指摘する。  「みんな“最後の砦”ばかりみていますが、“最初の砦”が重要なんですよ。そこでいかにスピーディーに治療して重症化させないか。大病院の先生から『長尾先生と僕たちが診ているコロナの患者は違う』と、よく言われます。たしかに違いますよ。がんにたとえると、僕は早期がんを発見して内視鏡で治療しているんです。大病院では末期がんを診ているようなものですから、コロナの恐怖をより強く感じるという側面もあるでしょう。だから違うのは当たり前です」  もし患者の立場なら、保健所に毎日体温や血中酸素濃度の報告をするくらいなら、自分を知る近所の医師に24時間フォローしてほしいと私は思う。「自宅療養」でも、必要な医療を受けられる。これは実際に「在宅医療」を経験した人は理解が進みやすいだろう。政府はもっと丁寧に国民に説明するべきだし、在宅医療を見下す医師は現状を知ってほしい。  在宅医療は医療機関より格下の医療行為ではない。自宅で肺炎を治すことだってできるし、人工呼吸器管理も行える。できる医療行為はかなりあるのだ。しかし保健所を介する現行の2類相当では、在宅医療ではなく、在宅放置である。 ■「感染しても大丈夫」ができれば、コロナ禍は終わる  そしてふたつめのよくある指摘は、5類に落として開業医が診られるようにすることで、感染対策がゆるんで、感染が拡大してしまうのではないか、ということ。これは、これまで通りの感染対策を続ければいいだけのことだ。  「万が一、クラスターが起きたら(今も起きていますが)、それも早期診断・即治療です。今の2類相当は“感染しないための分類”なんです。5類にすることで、地域で治療できるので“感染しても大丈夫”という空気が作り出せます。放置されて重症化した人は激減するので、重症病床は余裕ができます。感染しても大丈夫という政策を打ち出して実行することが“コロナが収束する”ということでもあるでしょう」  むしろ医療機関では2類相当であることで、“過剰な”厳重装備が足かせになっている。  多くの病院が今もフルPPEと呼ばれる防護具を身につけている。この着脱に要する時間も医療効率を下げている、とコロナ治療にあたる複数の医師の声がある。  私が密着取材した日本で最も救急患者を受け入れている湘南鎌倉総合病院の救命救急センターでは、通常はゴーグルとマスクのみで、感染リスクが高くなる場合の手技を行う際にPPEを義務づけていた。それでも院内クラスターは発生していない。長尾医師もほとんどが平服で、医療処置を行う看護師がPPEを身につけているという。

■「10日間の在宅主治医制度」でオンライン診療する  現在東京都を中心とする関東では、第5波でパニックになっているが、人口比で考えると関西の第4波(GW近辺)はこれ以上であったそうだ。その波を乗り越えるため、関西では実質5類相当になりつつある。コロナに対応する開業医が増えて、オンライン診療も普及している。  それでは5類に落としたとして、具体的にはどのように医療体制を整えるか。  長尾医師は「10日間の在宅主治医制度」を提案する。地域のコロナ対応開業医のリストを医師会が公開し、コロナと判定された人は、そこから自分で主治医になってほしい人を見つけて連絡をとる。在宅主治医をお願いされた医師は、その患者に対してすぐにオンライン診療を開始して重症度を判定して必要な薬を処方し、24時間、メールで相談できる体制を構築する。  「一案ですが、医師の診療報酬は10日間の包括払いで3~5万円程度に設定するんです。医師会内のコロナ診療医のグループでシェアしてもいいでしょう。本来5類ですと自己負担になりますが、特例的に年内は公費扱いにしたらいい。それでも国の財政から考えて、安いものではないでしょうか。現在は入院したら100万円、重症化でエクモ装着となれば1000万円コースなのですから。また開業医にとっても、10日間、コロナの患者の管理を請け負うことで診療報酬を得られるなら、引き受ける医師も増えるでしょう。普段はヒマな町医者でも冬に増えるインフルエンザ患者を多数診ることで、経営を成り立たせてきた歴史もあるんです。もちろん患者に重症化の兆しがみえたら、主治医が感染症指定病院に直接、入院交渉を行います。2類相当の現状ではこれもできません。入院調整は保健所しかできないのです」  5類に落とすことで、開業医と感染症指定病院の医師間で“直接の”やりとりが可能になって、医療効率が改善するというわけだ。 ■本当に「専門医だけが診るべき病気」なのか  長尾医師はこうも言う。  「ビルの中で診療している小さなクリニックなどは、制約があるので発熱外来を掲げることは難しいかもしれません。しかし、かかりつけの患者さんが感染し、自宅療養となれば、携帯電話を用いたオンライン診療が可能です。診察ができれば、治療も、その後の24時間管理もできます。ちなみに僕の自宅療養者の管理は、9割方、メールや電話でのやりとりです。携帯電話も一台あればじゅうぶんです。薬は家族に取りに来ていただいたり、看護師や薬剤師に届けてもらいます。地域の訪問看護ステーションにお願いするという手もあります」  メディアでは呼吸器専門医が足りない、感染症専門医が足りないと、しばしば報道された。本当に「専門医だけが診るべき病気」なのだろうか。コロナ発生から1年半、300人のコロナ患者の自宅療養を支援してきた長尾医師は、自宅でのコロナ看取りは一例も経験していない。

■重症化や死を防げた可能性をどう考えるのか  長尾医師は「患者の命を救うための医療が完全に抜けている。だから効率的に命を救える体制に早急に変える必要がある」と言う。5類に落とし、町医者がインフルエンザと同様に診断と治療することができれば、死亡者を格段に減らせるはず、と繰り返す。今の2類のままでは保健所経由となり、早期の直接治療ができない。だから放置され、命を落とす人が出てくるのだ。  在宅で“放置されている”患者に、診断とほぼ同時に、医療を、治療を施す。そのために保健所が介在しない5類に落とす。なんとわかりやすい提言だろうと私は思う。  それでも2類相当でないと、という専門家が大半だが、私は問いたい。  “最初の砦”をどう考えているのか。早期に治療をしっかり行えば、診断されたばかりの患者の“重症化や死を防げた”可能性について、どう考えるのか。

———- 笹井 恵里子(ささい・えりこ) ジャーナリスト 1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。新著に、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)がある。 ———-

ジャーナリスト 笹井 恵里子