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ワクチンが怖い人にこそ読んでほしい──1年でワクチン開発ができた理由

https://news.yahoo.co.jp/articles/fa0b8c10b08be9d084f0fd6f0e3f232758e44869

2021/6/29(火) 17:51 NEWSWEEK

<「知らないから怖い」ことによって、ワクチン忌避が起こる。正確でフェアな情報を共有するには何ができるのか? 論壇誌「アステイオン」94号「新型コロナウイルスワクチン事情」より>

写真はイメージです janiecbros-iStock.

<通常、ワクチン開発には10年かかる> 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生から1年以上が経過した。筆者が住むアメリカでの死者数は世界最大で、すでに50万人以上の命が失われている(編集部注:2021年6月現在では60万人を超えている)。【新妻耕太(スタンフォード大学博士研究員)】 【動画】7歳男児の口内から526本の歯! この凄惨な状況の中、アメリカでは人々の予想を上回る早さで安全性と効果の高い新しいワクチンの開発に成功し、3月中旬時点で国民の2割(7000万人以上)が少なくとも1回のワクチン接種を済ませた(編集部注:2021年6月現在では1億7734万人、人口の53.9%が1回目完了)。日本でも医療従事者に対するファイザー・ビオンテック社のmRNAワクチン接種が開始され、1カ月ですでに約50万人が少なくとも1回の接種を終えた(編集部注:2021年6月現在では2401万人、人口の19.1%が1回目完了)。 ワクチンは集団免疫を成立させて感染症にかからないようにする、もしくはかかっても重症化を防ぐ効果のある予防薬である。通常1つのワクチンが開発されるには約10年の期間がかかるといわれてきたが、最初の新型コロナウイルスワクチンは新技術を使用したことでわずか1年で開発された。なぜ、それが可能だったのか。 新型コロナウイルスは複数のタンパク質・タンパク質の設計情報を記録する遺伝情報物質(RNA)・脂質の膜の3点セットでできている。ウイルスは我々の体の中で大量に増えるのだが、実のところウイルスは自分の力だけで増えることができず、我々の体を構成する細胞の中に侵入して、そのシステムをハッキングして増えている。 細胞内への侵入には表面にあるトゲの構造体(スパイクタンパク質)をドアのロックを外す鍵のように利用するのである。増えた大量のウイルスが細胞外へと脱出する時に細胞は破裂するようにして死ぬ。これが繰り返されることで組織に障害が起きて様々な症状を呈する。 一方、ウイルスの感染に対して私たちの体は免疫システムで対抗する。免疫とは病気から体を守るシステムのことを指す(疫〔感染症〕を免れるが語源)。「二度がかりなし」が免疫システムの代表的な特徴で、おたふくや水ぼうそうに一度かかれば二度とかからなくなるのは免疫システムに記憶機能がついているためである。免疫細胞は私たちの体を守るいわば軍隊のような存在で、二隊構成になっている。

<第二隊の獲得免疫は、スペシャリスト集団>

第一隊の自然免疫は迅速な対処を得意とする。ウイルスによる組織障害を察知した自然免疫細胞達は現場へとただちに急行し炎症を誘導する。例えば怪我をした時、患部が赤く腫れ熱をもって痛むのは免疫細胞による炎症によって引き起こされる反応だ。炎症は自然免疫細胞を鼓舞する(活性化する)効果があり、活性化した自然免疫細胞は感染細胞の死骸を食べて掃除する。この第一隊でもウイルスの撃退ができなかった場合に第二隊が動きだす。 第二隊の獲得免疫は、相手に合わせた攻撃を行う戦闘のスペシャリスト集団であり、先述した免疫記憶もつかさどる。私たちの体の中にはあらゆる侵入者にそれぞれ対応できる獲得免疫細胞達があらかじめ備わっており、その時侵入してきた敵に対応できるスペシャリストのみが大量に分身して(増殖して)出陣する。 この選ばれたスペシャリストの細胞が増える現象は基本的にリンパ節で起きる。感染によってリンパ節が腫れるのは獲得免疫細胞の増殖によるものなのだ。今では一般におなじみとなった存在である「抗体」を分泌するB細胞も獲得免疫細胞の一種である。 この抗体はY字型をしたタンパク質で、上部先端の二カ所を使ってターゲットに強力に結合する。抗体がウイルスのトゲ(スパイクタンパク質)に上手くまとわりつけば、ウイルスが細胞に入る能力を失わせることができる(中和)。ウイルスの撃退に成功すると、先ほど増えた獲得免疫細胞達は次第に数を減らしていき、生き残った少数の細胞が記憶細胞として保存される。 二度目に全く同じ病原体が体に侵入した際、記憶細胞は前回の経験に基づいて迅速に対応するので、効率よく病原体の排除ができて重症化が防げるのだ。この免疫記憶の形成を、人為的にリスクを減らして感染を模倣する形で誘導するというコンセプトで生まれた予防薬こそがワクチンなのである。 <超低温でしか保存できない理由> これまで一般的だったワクチンは主に生ワクチンと不活化ワクチンであった。どちらも病原体そのものを材料にしていることが特徴で、生ワクチンは症状を起こしにくい弱毒化株を、不活化ワクチンは病原体を薬品で殺したものを使用する。しかし、これらのワクチンの生産には病原体そのものの大量生産が必要なため、新しい病原体の工業生産技術自体を開発から行う必要があるので多大な時間とコストがかかる。 そこで、パンデミック収束のために1日でも早くワクチンを開発する上で注目されたのが、病原体そのものではなくトゲ(スパイクタンパク質)のみにターゲットを絞って免疫記憶を誘導するストラテジーである。

<SARSの経験と基礎研究の蓄積が可能にした>

しかしスパイクタンパク質の合成には大量の細胞を用意して、設計情報(遺伝情報物質)を細胞内部に届けて合成するというステップが必要で、これもなお多大な時間とコストがかかる。この背景を踏まえて白羽の矢が立ったのが遺伝情報を私たちの体に届けて、私たちの体内でスパイクタンパク質を生産し、それに対する免疫応答を誘導するmRNAタイプのワクチンなのである。 ファイザー・ビオンテック社やモデルナ社が使用しており、すでに工業的な大量生産技術が確立されていたこと、それを用いたワクチン技術の開発は10年来行われてきていたこと、新型コロナウイルスによく似たSARSの原因ウイルスの基礎研究知見が蓄積されていたことの不幸中の幸いが重なった結果、驚くほど素早く開発が行われた。 さらにアメリカではトランプ前大統領がワープスピード作戦で製薬会社に対する莫大な投資を行ったこと、アメリカの感染大流行により臨床試験の進行が早かったこと、いくつかの段階の動物実験や臨床試験を同時並行で行ったこと、ワクチンに関する審議を優先的に行ったことにより開発からたった1年で緊急使用許可が下りるに至った。 これは歴史的な快挙であり、私たちはパンデミックに対抗する際の新しい切り札を得たと言える。このスキームは今後現在のワクチンが効かなくなってしまうような変異ウイルスが現れた場合や、また新しい感染症が発生した時にも第一手になるだろう。 そのmRNAは非常に構造が不安定な物質なので、接種後数日間もたてば分解されて消失する特徴を持つ。さらにはmRNAが私たちの遺伝子を組み替えることは原理上万に一つも起こり得ないので、子や孫といった次世代の影響を心配する必要もない。一方で構造の不安定さから超低温での保管が必要となる短所もある。さらにmRNAワクチンは十分な免疫の誘導に2回の接種が必要なため、冷凍設備を整えにくい新興国の人々へ届ける上での大きな障壁となりうる。 一方でアメリカでは2月27日にジョンソン・エンド・ジョンソンが開発した1回の接種で済み冷蔵庫での保管が可能なアデノウイルスベクターワクチンの緊急使用許可が出された。これは私たちの体に病気を引き起こさないアデノウイルスにスパイクタンパク質の設計情報を搭載し、私たちの細胞に輸送するタイプのワクチンである。このように複数の種類のモダリティー(様式)を持つことが、1日も早く地球全体での集団免疫を成立させるために必要となる。

<「知らないから怖い」を解消するために>

<「反ワクチン」と科学・医療リテラシー> ワクチン忌避の問題は日本だけではなく、アメリカでも深刻で共和党支持者に偏りがあると言われる。トランプ前大統領は新型コロナウイルス対応において多くの誤りをおかしたとの批判を浴びてきたが、最近彼がワクチンを接種したことが報道され、ワクチン接種を奨励するような発言をしているのも事実だ。まだ問題は山積しているが、新政権とCDC(米疾病予防管理センター)を中心に国を挙げてワクチン接種を奨励している様子が見られる。 日本においては、河野太郎議員がワクチン接種担当大臣に指名されるなど接種奨励に積極的な姿勢がみられ、首相官邸や厚生労働省からの情報発信も充実してきた。不安を煽る報道により接種率が激減してしまったHPV(子宮頸がん)ワクチンの二の舞を起こしてはならないという思いから専門家たちが結集して情報発信する「こびナビ」「コロワくんLine bot」などの活動が生まれてきたことは大変心強い。 筆者はワクチン忌避の問題の解決には幼少期からの科学教育を充実させて「知らないから怖い」を自ら解消できる科学・医療リテラシーを育む必要があると考えている。ワクチンは病気になる前に使用する予防薬であることから、打つことによるメリットがデメリットを必ず上回るものしか承認されない。不安を煽ったり否定するのではなく、フェアで正しい情報を各々が手に入れることで正しい判断ができる環境が整うことを心から祈っている。

当記事は「アステイオン94」からの転載記事です。

新妻耕太(スタンフォード大学博士研究員)