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【パックンコラム】コロナワクチン効果の「ただ乗り問題」にご用心

https://news.yahoo.co.jp/articles/ad8940de4c4fa0534989d9c36d6bf2d456ef39d0

2021/6/29(火) 18:19 NEWSWEEK

<欧米の議論では頻出する「フリーライダー問題」は日本ではなぜかあまり聞かれない。でもコロナワクチンの接種を考える上では検討すべき重要課題だ>

フリーライダー問題によって日本で必要なワクチン接種率が達成されないおそれもある Rodrigo Reyes Marin/Pool/REUTERS

先日、友人とある話題について議論しているときのことだ。「これはさまざまな課題の解決を妨げるいわゆる『ただのり問題』だから」と、僕はいつもの偉そうな感じで主張した。すると、友人は「横尾忠則ですか」と、真顔で聞いてくる。  【動画】引き取り手のない遺体を埋葬しているNY市ハート島とは? 笑い涙が止まってから、ちょっと考えて気付いた。当然通じると思って使っていたが、日本では「ただ乗り問題」をあまり聞かない。つい癖で日本語訳した僕が悪いかもしれないが、「フリーライダー問題」も横尾先生の知名度には負けるのだろう。すみませんでした。 ただ乗り(フリーライダー)問題というのは経済学が注目する市場の失敗の一つ。一部の人が対価を払いながら、ほかの人が何の貢献もせずに同じ恩恵を受けることだ。小規模な例でいうと、教室のゴミを拾い、机を拭き黒板を消す学生が一人いれば、ほかの学生達は掃除をしなくてもきれいな環境で学べる。彼らはただ乗りしているわけだ。 大規模な話だと、エネルギーシフトを果たし、二酸化炭素(CO2)排出量の制限を実施し、国民の生活を犠牲にするほどに気候変動対策を一生懸命やる国をよそに、違う国が化石燃料をバンバン燃やし続けるならば、それもただ乗りとなる。この状態は運賃を払わずに電車に乗るのと一緒だからフリーライダーという。念のために記しておきますが、いろいろ貢献している忠則さんはただ乗りではない。 <ただ乗りが世界を蝕む> この用語は、フワちゃんのテレビ出演回数に劣らぬ高頻度で欧米の議論に登場する表現だ。税金を納めないのは公的サービスのただ乗りだ!保険にも加入せず救急救命室で無料の診察を受けるのは医療制度のただ乗りだ!血も流さず金も出さず、国際秩序の安定に協力しない国は安全保障のただ乗りだ!別居する親のアカウントの利用はネットフリックスのただ乗りだ!と、大小さまざまな案件で使われる。 残念ながら、ただ乗りは、本当はただではない。結局ほかの人がその分も負担することになる。全員が運賃を払わずに電車に乗ることになったら、運営は成り立たない。鉄道会社は破産し、電車は運行できなくなる。 同様に、全員が税金を納めないようになったら、道路も整備されなくなり、事件があっても警察は来なくなる。しばらく資金繰りはなんとかするかもしれないけどね。ピーポ君人形を質屋に流したり。でも、ただ乗りが増えるとシステム全体が長持ちしない。 また落とし穴になるのは、ただ乗りしている人がいると「不公平だ!」と怒る人もいれば、「だったら僕も!」と、運賃を払わなくなる人も増える傾向があることだ。隣のお店が営業の時短要請に応じないなら、こっちも応じない、と。知り合いが海外旅行しているなら、「自分だけ」が環境問題を意識して日光の東武ワールドスクウェアで休暇を済ますことをやめよう、という具合に。TWSも大好きだけどね。 つい最近だと、世界6位の大富豪ウォーレン・バフェットが増加した資産額のわずか0.1%しか連邦所得税を納めていないのに、と普通に納税することをばかばかしく感じているアメリカ人は多い。というのも先日、バフェットは2014年から2018年まで240億ドルもの資産増加を記録しながら、わずか2400万ドルほどしか所得税を納めていないと、非営利メディアのプロパブリカが報じたのだ。僕は酒税だけでもそれぐらい払っている気がする。 さらに、残酷な事実だが、ただ乗りで大きな恩恵を受けている人の分の負担を、恩恵をあまり受けていない人が負うこともある。一番わかりやすいのは地球温暖化だ。化石燃料を燃やして発展してきた上、今も消費社会で莫大な量の温暖化効果ガスを排出しているのは先進国。しかし、CO2排出量を低く抑えられながらも最も気候変動の脅威にさらされているのは途上国なのだ。お金持ちが乗っているフェラーリのカーローンを隣町の貧困者が支払っているような状態だ。 現にキリバスやツバルなど南太平洋の島国は、CO2排出量が先進国の10分の1以下だが、温暖化による海面上昇で水没する危険性が指摘されている。僕の夢の一つは世界の全ての国を訪問することだが、急がないとこれらの国は地図から消えてしまうかもしれない。長々とコラムを書いている場合じゃない!

<ワクチンリスクは「運賃」>

では、本題!(はい、いまさらです)。 なぜ先日友人とこの話になったかというと、ワクチン接種でこそただ乗り問題が顕著になっているからだ。新型コロナウイルス感染症は全国民のうち60~70%がワクチン接種をすれば、集団免疫ができるか、できなくても大規模な感染拡大を防ぐ予防効果があるとみられている。 そのレベルに至れば、接種した人のおかげで、していない人も含めてほぼ全員の健康も命も守られ、従来の経済活動ができるようになる。ただ乗り問題が最も生じやすいような状況だ。 ワクチン接種をせずに同じ恩恵を受けられるなら、接種しない人が現れる。そんな人を見るとまた違う人が「じゃ、私も」と、接種しない人数が徐々に増える。それが一定数を超えると、せっかくの集団免疫が失われる。そんな悪循環のシナリオも十分考えられるのだ。ひび一つでダムが崩れる。駐輪禁止区域に一台でも止まると、自転車が異常繁殖しているのかと思うほど一気に増える。それと一緒だ。 もちろん、慎重な人のお気持ちは理解できる。今回のワクチンは、緊急事態なので省略した過程で国に承認されたものである。まだ発覚していない副反応などのリスクはある。この指摘は間違いない。できるならその未知のリスクを負いたくないと思うのは当然だ。しかし、今回は、そのリスクが「運賃」だ。人口の6~7割の人だけが負担すれば、あとの皆さんは気にしなくていいと、僕は思わない。 ワクチンの成分に対するアレルギーを持つ人など、健康上の特別な事情で接種できない人は免除されるべきだが、基本はワクチン接種をしないという選択をとる人は、今後もマスクの着用、ソーシャルディスタンスの厳守、イベントの不参加、会食の自粛などなど、ワクチンと同レベルの感染予防策を実施する責任はあると思う。 <ただ乗りの国じゃないよね?> もちろん、毎日予防策を徹底し、スポーツ観戦や外食のたびにPCR検査の陰性証明を提示するならば、ワクチンを接種する必要はないでしょう。これは未接種だからと、差別するわけではない。逆に、誰にも差別されないように、責任のある行動をとってもらうのだ。コロナと戦う「ワンチーム」のメンバーとしてこれが公平な扱いではないか。 イタリアのように、医療従事者のワクチン接種を義務付ける国もあれば、全国民の接種義務を検討する国ある。オーストラリアや韓国など、少なくとも9つの国で国民の過半数が義務付けに賛成とする世論調査の結果もある。(日本の賛成率はおよそ50%)。もちろん、義務化する政策も考えられる。 しかし、僕は日本でその必要はないと、確信している。そもそも「ただ乗り問題」は日本で知られていないのも、皆さんが国民として、ワンチームのメンバーとしての意識を持って行動しているからではないでしょうか。 考えてみれば、日本では小学校の掃除はクラス全員でやるし、貧富の差はあるとはいえ、相続税で資産の再分配を目指している。そういえば、電車にただ乗りする人も少ない。不正乗車をするとしても「キセル」して少し運賃を払うのが主流らしい。時々「給料泥棒」という生産性の低い社員の話は聞くし、芸能界でも時々「ギャラ泥棒」は出てくる。でも、基本的にはほぼ100%の国民がほぼ100%頑張ってくれていると、僕は見る。(少し夢見がちな50歳だが。) そのおかげでロックダウンなしでも大きな国のなかで異例なほど感染を抑え込めているし、そのおかげでワクチン接種も行き渡ると、期待したい。日本はただ乗りの国じゃないから!もちろん横尾忠則さんの国なのは間違いないけど。

パックン(パトリック・ハーラン)