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たった4分でワクチン接種完了…トヨタが作った「豊田市モデル」のすごいやり方

https://news.yahoo.co.jp/articles/0a6f768f9b4e9b07482ddeee44470af64d3250e9

2021/6/16(水) 11:16 PRESIDENT ONLINE

ワクチン接種のスピードアップが日本全国で課題となっている。このうち愛知県豊田市は、トヨタ自動車などと協力して高速接種システムを作った。現地を取材したノンフィクション作家の野地秩嘉さんは「東京の大規模接種センターは30分かかったが、豊田市モデルは4分で終わる。やり方が根本的に違う」という――。 【図版】堤トレックのアリーナ・集団接種会場内のレイアウト ■続々と進むワクチン接種  日本の人口は約1億2500万人。6月14日までの新型コロナ感染者数は累計で77万6139人。亡くなった方の数1万4137人、退院者73万446人(NHK調べ)。国民のほとんどというか、圧倒的多数は感染していない。  新型コロナが世界を覆うようになってから1年以上、日本国民はステイホーム、マスク、手洗い、黙食などで冷静に対処し、効果を上げている。マスコミ報道を見ていると、みんながみんな路上飲みをしているように思えてしまうが、そんなことはない。日本国民は真面目だ。その真面目さが新型コロナに対しての最大の武器だ。  そこに効果の高いワクチンが加わった。感染と重症化を防ぐ有効性はファイザー製で95%、モデルナ製は94.1%である。マスクと手洗いを続けている人がワクチンを打てば安心感は増す。さらに日々平穏に暮らしていくことができる。  ワクチン接種は打った人だけがメリットを得るわけではない。なんといっても医療従事者の負担を減らすことができる。  接種が加速すればするほど、彼らは安心する。彼らのためにもワクチン接種はした方がいい。自分たちのためだけではない。 ■大手町の大規模接種会場に行ってみた  5月25日。大規模接種が始まって2日目。64歳のわたしは高齢者のひとりとして自衛隊が運営する東京・大手町の大規模接種会場へ向かっていた。  「64歳なのにワクチンを打つ?  けしからんな」などと叱られる筋合いはない。学齢では65歳だから、接種することができたのである。  予約した時間、午後4時よりも早く、東京メトロの竹橋駅に着いた。改札口を出ると、「自衛隊東京大規模接種センター」と書いた看板を持った案内係が立っていて、「あちらです」と促す。建物に着くまで、路上に立つ案内係が5人はいた。大規模接種には大勢の人が動員されている。  会場の入り口には列ができていた。定員は1万人だが、すべり出しのころは5000人だった。それでも列はできる。ただし、せいぜい数メートルで、入り口に入るまでに待つ時間は5分ほどだった。  周りを見わたすと、来場者は女性の方が多かった。女性は半袖もしくはノースリーブ。それに薄地の上着を羽織っていた。一方、男性は半袖ポロシャツにゴルフ用のパンツでコーディネートである。女性がグレースフルな装いで登場しているのに比べ、男性は画一的だった。

■入場から会場を出るまで40分  来場者は入り口で4色のクリアファイルを渡され、緑色の人は4階の接種会場へ、赤の人は3階へといったように割り振られる。階上へ行く場合、引率者がグループ分けした数人を引きつれて、エレベーターで上がっていく。高齢の人たちのなかには杖をついたり、車椅子の人もいたりするから階段は使わせないようにしているのだろう。  階上の接種会場に着いたら、受付を兼ねた予診票の確認がある。次に医師が予診をして、その後に看護師、医師がワクチン接種を担当する。接種が済んだら、15分もしくは30分の経過観察をして帰宅する。  わたしの場合、入場してから会場を出るまでにかかった時間は40分だった。うち15分は経過観察の時間。待ち時間があったのは予診票の確認、予診、接種の前、いずれも5分くらいのものだった。  だからといって「遅いじゃないか。自衛隊は何をやってるんだ」と机をたたいて怒ることはしなかった。5分くらいの待ち時間はスマホでゴルフのレッスン動画や町中華のチャーハン調理動画を眺めていればすぐに過ぎてしまう。  自衛隊の大規模接種会場はしっかりと運営されている。 ■免疫は少しずつ形成されていく  同会場で使っているワクチンはモデルナ製だ。各地で21日から始まる職域接種で使うものと同じである。  ファイザー製との大きな違いは1度目と2度目の接種間隔だ。モデルナは4週間、空ける。一方、ファイザーは3週間。いずれも十分な免疫が確認されるのは2回目を接種してから14日、経った後だ。  免疫の形成に関して、接種担当の看護師に尋ねてみた。  「免疫は2週間後に突然、できるのですか?  それとも毎日、少しずつ増えていくのですか? 」  答え。  「少しずつです」  それを聞いて、少し安心した。接種した翌日あるいは翌々日であっても、少しは免疫は形成されるのだから。  また、1回、接種しただけでも効果は高い。5月29日のロイター電にはこうある。  「米疾病対策センター(CDC)は米ファイザー・独ビオンテック製と米モデルナ製の新型コロナウイルスワクチンについて、1回目の接種から2週間後に感染リスクが80%低減したという調査結果を発表した。さらに、2回目の接種を受けてから2週間後の有効性が90%だったことも示された」

■2回目の予約をしようとしたら…  さて、では、何の問題もなかったのか。  ひとつだけ、あると言えばある。それはワクチン接種の間隔だ。前述のように、わたしは大規模接種が始まって2日目に受けた。接種後、証明書を受け取り、次回の予約なのだけれど、「予約が満杯なので、あなたは5週間後」……だった。  「おいおい、ちょっと待って。だって、接種間隔は4週間後と書いてあるのに」  口には出さなかったが、これは「聞いてないよ」である。5週間後に2回目を接種したとすると、免疫ができるのはさらにその2週間後だ。  ファイザー製ならば1度目の後、3週間後に2回目が打てるようになっている。しかし、自衛隊の大規模接種の東京会場に限って言えば2回目は5週間後から。  また、東京会場は6月10日現在、「予約がガラガラ」という報道がある。それはワクチン接種が2回必要だからだ。大規模に人を集めれば2回目の接種が始まるまでに、どうしても空いている時期が出てしまう。6月28日を過ぎれば今度は2回目を打つ人たちがやってくるから、ずっとガラガラになるわけではない。  端境期というか、予約の空きがあるならば、会場にいる人たちがどんどん打って、大手町、竹橋で働く人たちも年齢に関係なく接種すればいいだけの話だ。  あらためて言うけれど、ワクチンを接種すれば医療従事者の体と心の負担は減る。 ■豊田市の「4分」で終わる接種会場  現在、大規模接種センターが各地にできつつある。ホームページを見ると、どこの会場でも接種にかかわる時間は入り口から出口まで経過観察も入れて「45分から1時間」が通例だ。  しかし、愛知県豊田市のトヨタ自動車とヤマト運輸がかかわる接種会場では「経過観察時間をのぞけば接種時間は4分」だという。  接種にかかわる時間がたった4分?  それでは、見に行かなくては……。  5月30日から豊田市は医師会、トヨタ、ヤマト両社と連携して大規模接種センターを運営している。ヤマトはワクチンの輸送を担当し、トヨタは工場内施設などを会場として提供、社内の医師、看護師も派遣している。  そして、接種システムの効率化のためにトヨタ生産方式を活用している。接種にかかわる時間が4分で済むのはトヨタ生産方式を下敷きにした接種のシステムを作ったからだ。  接種は午前10時から午後5時までで、うち1時間は昼休み。今のところは土曜と日曜が接種日になっている。初回は600人、2回目以降は900人以上と順次、増やしている。

■トヨタ生産方式を活用  豊田市の人口は42万人。うち、高齢者を含めた対象者は約25万人だ。接種会場は複数ある(現在7カ所)が、わたしが見に行ったのはトヨタの堤工場の敷地内にある厚生施設「堤TREC(トレック)」の会場である。  さて、運営に活用しているトヨタ生産方式とは同社独自の生産管理システムをいう。簡単に言えば「客が注文したクルマをより早く届けるためにもっとも短い時間で良品のみを効率的に造る」こと。  ワクチン接種にたとえれば、「来場者(客)が負担なく、もっとも短い時間で接種ができ、会場から出ていける」ことだろう。  待ち時間が少なければ来場者はストレスを感じない。会場がスムーズに流れていれば密になる心配もない。短い期間に大勢に接種することができれば地域の集団免疫の獲得も促進される。医療従事者もひと息つくことができる。  トヨタが運営を担当した狙いはそこにあるのだろう。  結果として、一般の大規模会場では30分はかかる接種が4分(いずれも経過観察の15分を除く)に短縮できたのである。  では、他の会場のシステムとトヨタのそれはどこが違っているのか。 ■1.「ひと筆書き」の短いルート  堤トレックのアリーナは高校の体育館くらいの広さだ。大規模接種の会場ではあるけれど、大空間ではない。そのなかに接種ルートを設定している。トヨタの施設には堤トレックのアリーナよりも広いところがあるが、彼らは大空間ではなく、接種ルート自体を短くするために、適正な広さの会場を選んだ。  そして、会場内のレイアウトは「ひと筆書き」になっていた。入り口から入った来場者は後戻りしたり、同じルートをたどったりすることなく、一本のルートで出口まで行くことができる。ただし、ひと筆書きルートについていえば、おそらく日本中のどの大規模接種会場でも、同じようなレイアウトにしているだろう。常識的に考えて、後戻りさせるようなルートを設定する人間はいない。  トヨタのひと筆書きルートの特徴は短いことだ。全体をコンパクトにして、来場者が歩く距離を減らしている。だから、接種を短時間で終えることができる。 ■2.人の滞留を起こさないくふう  2番目の特徴は予診票確認、予診、接種などの各ブース前で滞留が起きないしくみを導入していること。  接種の前には袖をまくり上げて、注射する腕を露出させなければならない。自衛隊の会場では接種ブースの前に椅子を用意し、椅子に座ってから、「袖をまくってください」と指示していた。  一方、トヨタの会場ではブース前に椅子はあるものの、袖まくりは歩きながら行うように誘導される。思えば袖をまくるためにいちいち椅子に腰かけなくともいいのである。だが、そんな細かいところまで動作を研究して、カイゼンするのがトヨタ生産方式なのである。  そこでは袖まくりだけでなく、動作に対しての細かい誘導があった。

 医師との予診を終えたら、接種レーンに足を向ける。接種ブースに入るまでの9メートル間に次の4つの動作を行うよう誘導される。誘導は口頭ではない。イラスト入りの大きな表示だ。大きな紙の表示は至るところに設置されてあり、しかも、日本語、中国語、ポルトガル語、ベトナム語の多言語表示だ。  豊田市内には外国人も暮らしている。高齢者の次には一般接種が始まるから、それに備えて、当初から多言語表示にしたのだという。目先だけではなく、将来を見据えた準備だ。 ■動作にかかる時間を何度も計測して…  さて、話は戻る。  接種ブースに向かう9メートル間には4つの動作を行う。標準的には55秒かかる。  ①左右どちらの腕にするかの確認を行う(15秒) ②上着を脱ぐ(30秒) ③腕まくり(10秒) ④待機(0秒)  トヨタのスタッフは用意動作を4つに分け、ストップウォッチで計測してから標準計画を作った。計測は一度ではない。自分で何度も腕まくりをして、最適な腕まくり時間を設定したのである。  たとえ、本業でなくとも、彼らは徹底的にやる。そこまでやらなければ接種を4分で終わらせることはできない。  なお、2回目の予約だが、ファイザー製を使っているため、接種後にはきっちり3週間後の予約が完了する。 ■「会場の改善は仕事の一部にすぎないのです」  接種の支援プロジェクトにかかわっているトヨタ生産調査部主査、高橋智和は「会場のレイアウト改善と接種にかかわる動作の標準化と寄り添い(気配り、目配り、心配り)は私たちの仕事の一部にすぎないし、これは学びの場なのです」と言った。  「ワクチン接種では豊田市、医師会、ヤマトと協力して豊田市モデルを作ることにしました。当社は3つのチームで応援しています」  3つのチームとは接種チーム、輸送チーム、増産チームだ。  接種チームは会場内のルート設定、案内板の掲示といったものを担当する。レイアウトをカイゼンし、滞留の起こらないくふうをする。  輸送チームはヤマト運輸が手掛けるワクチンの輸送カイゼン。増産チームは超低温冷凍庫の生産支援だ。  「ふむ」  会場カイゼンは分かる。しかし、輸送、増産とは何か?   高橋は言った。  「ワクチンは冷凍で輸送、保存しなくてはなりません。ワクチンの品質を保証することと余りが出ないようにすることも、会場設営とともに重要なポイントなんです。ヤマト運輸さんの志、大小を問わない配布先にしっかり寄り添ったきめ細かな物流と品質管理はわれわれトヨタと全く同じ考え方であり、それを豊田市、医師会の皆さんからは初めから受け入れていただきました」  ワクチンの品質保証もまたトヨタ生産方式の考え方からきたものだ。同方式は異常が発生したら機械がただちに停止して、不良品を造らないという「自働化」と、各工程が必要なものだけを、流れるように停滞なく生産する考え方「ジャスト・イン・タイム」が2本柱とされる。

■ミスが起きるなら、冷凍庫を使わなければいい  ワクチンの品質保証とはしっかりと冷凍保存をすることであり、廃棄しなくてはならないような余分を出さないことで、こちらは「自働化」の考えから派生したものだろう。  各地で接種が始まって以来、ワクチンを無駄にする事故が起こっている。冷凍庫のコンセントが抜けていた、あるいはドアを開けたままにしていたら庫内の温度が上がってしまった……。いずれもうっかりミスである。だが、うっかりミスはいくら注意しても起こることがある。  トヨタのチームは、うっかりミスが起こらない方策をとった。  高橋は言う。  「ヤマト運輸さんとトヨタは、冷凍庫でワクチンを保存するのではなく保冷剤にしました。クーラーボックスに保冷材を入れて、そのなかにワクチンのバイアル(注射剤の入った容器)を保管し、必要な数量だけをセットにして、必要な時間に確実に配送することにしたのです。  保冷剤と言ってもスーパーでもらってくるやつではありません。今回使用しているのはマイナス120度の保冷材。静岡県沼津市のADD(エイディーディー)という会社から入手しています」  ワクチンはアメリカのファイザー社からドライアイスの入った保冷ボックスでやってくる。日本に着いたら、冷凍倉庫に保管された後、ヤマトの中部ゲートウェイセンター(豊田市)までドライアイスの保冷ボックスでやってくる。  そのままトヨタの会場まで運べばいいのに、とわたしが言ったら、高橋は首を振った。  「いえ、ヤマト運輸さんと私たちはドライアイスから脱却したかった。なぜならドライアイスは二酸化炭素そのものだし、1回しか使えません。脱炭素の時代にそぐわない。今回、私たちが使用している保冷材は50回近く循環して使えますし中身は塩水です。廃棄するにしても環境にダメージを与えることはありません」 ■マイナス120度冷凍庫の増産支援へ  冷凍庫を各会場に設けることはできる。しかし、うっかりミスをなくすことはできない。その点、保冷ボックスなら電源はいらない。また、クーラーボックスなら蓋が閉まっているかいないかは一目で分かる。  「ただし、問題がありました。保冷剤をマイナス120度にするには冷凍機がいります。ADDの製造工場にはマイナス120度にする冷凍機があるのですが、それを大量に入手するには増産しなくてはなりませんでした。当初、『1日1台しか作れない』と言われたので、それで増産チームを派遣して、1日に10台、生産できるようカイゼンしたのです」

 なお、会場でクーラーボックスに入れたワクチンは30時間くらいまではマイナス60度以下で保つことができる。会場に持ってきたワクチンが余ったとしても、もう一度、ヤマトや豊田市の倉庫へ戻せばいい。倉庫には超低温冷凍庫があるからそこで保管できる。  だが……。  会場で支援に当たる豊田市やトヨタの人たちはまだワクチンを打っていなかった。  余りが出たら、打つことができたのに。高橋にそう伝えたら「いや、僕らは順番が来るのを待ちます」とのこと。  やはり、生真面目な人たちなのである。 ■「ベター、ベター、ベター」にしていく  豊田市の大規模接種会場における接種時間が他よりも短いのは会場レイアウトだけではなく、ワクチンの保冷管理までさかのぼって計画したからだ。  これもまたトヨタ生産方式にある「真因の追求」だ。ミスや滞留を防ぐにはその場の処理で済ませてはいけない。ミスや滞留が起きないように真因を追求し、それを解決すること。  それにしても、彼らはいったい、いつからワクチン接種を準備していたのか?   高橋はこう言った。  「新型コロナに対する危機管理、医療機関などへの支援は昨年の3月から始めていました。当初はフェイスシールド、車両や病院内で使う感染防止のアクリルボードの製作、医療用防護服の製造支援、そして、消毒液を足で踏んで出す「しょうどく大使」の生産でした。そういった支援の後、昨年の終わりから、次はワクチンだなと研究を始めたのです」  スタートが早かったから、会場だけの準備ではなく、真因まで追求し、それに対しての備えを構築することができたのである。  わたしが見学に行ったのは初回の大規模接種が終わった後だった。高橋たちは2度目以降に備えて、受付のデスクを増やしたり、掲示物を増やしたりしてカイゼンを続けていた。  トヨタ生産方式はベストを追求する仕組みではない。ベター、ベター、ベターで効果を上げていこうとする。  そのため、初回は5分だった接種時間が、今や最短4分に短縮されたという。彼らはカイゼンをやめないのである。

———- 野地 秩嘉(のじ・つねよしノンフィクション作家 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)