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新型コロナ治療薬、新たな有力候補が急浮上

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2021/2/26(金) 18:07 NATIONAL GEOGRAPHIC

 新型コロナウイルスとの闘いも1年を過ぎたが、医療機関は今も迅速で簡単な治療法がないという問題に直面している。 ギャラリー:私たちはウイルスの世界に生きている 「特効薬がないことは驚きではありません」と米クリーブランド・クリニックのアダーシュ・ビムラージ氏は言う。氏は米感染症学会(IDSA)が作成した新型コロナ治療ガイドラインの主要な著者の一人だ。「この数十年から数百年に出会った呼吸器系ウイルス感染症のいずれにも、特効薬はありませんでしたから」  新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療は、少しずつ進歩している。医療現場では、他のウイルス向けに開発された薬と、重症患者の治療には安全性と有効性が確認された抗炎症効果のあるステロイド剤などを組み合わせて使用している。  だが、この数カ月間に実施された臨床試験の結果、新たな治療薬の候補がいくつか浮上した。単独投与での効果は高くないものの、複数の治療法を併用すると効果が発揮されるという。こうした併用アプローチは、長年の研究を経て他の疾患で大きな成果を上げてきた。 「心臓発作の治療法を考えてみてください。ステント(血管を広げる金具)、アスピリン、血液抗凝固薬、血圧治療薬、スタチン(コレステロール値を下げる薬)などがありますが、そのひとつひとつは死亡のリスクを少しずつ減らしているだけなのです」。英オックスフォード大学の心臓専門医マーティン・ランドレー氏はこう説明する。氏は世界最大規模の新型コロナ治療薬試験である英国の「COVID-19治療無作為化評価(通称RECOVERY)」試験で共同研究主任を務めている。

関節リウマチ薬が有力候補に

 現在、新型コロナ感染症で有効性が広く認められている薬は2つしかない。ひとつは、高価な抗ウイルス薬のレムデシビル。ウイルスの増殖を阻害し、入院期間を短縮できるが、致死リスクを低下させる効果はないとみられている。  もうひとつは、低価格のステロイド剤のデキサメタゾン。新型コロナ重症患者の致死リスクを低下させることが確認された唯一の治療薬だ。「間違いなくステロイドは有効だと考えられています」とビムラージ氏は言う。  だが、安全でより有効な治療法が新たに発見される日は近いかもしれない。ビムラージ氏をはじめとするIDSAの研究者たちが数十の治療法を検討するなかで、ビムラージ氏が特に期待している薬がふたつある。  ひとつは免疫を抑制する効果があるトシリズマブで、関節リウマチの治療に現在使われている抗体薬だ。  新型コロナの重症例では、サイトカインストームと呼ばれる免疫反応の暴走によって重篤な炎症が起きることがある。トシリズマブにはデキサメタゾンと同様、この暴走を抑制する効果がある。  実は、過去に行われたトシリズマブの試験では、目立った効果は確認できなかった。だが今年になって発表された2つの大規模な無作為化試験の結果で、トシリズマブが新型コロナの入院患者の致死リスクを低下させることが明らかになった。  トシリズマブと関連薬のサリルマブの効果を検証する「REMAP-CAP」試験が19カ国で実施され、対象となった803人の結果が、査読前の論文を公開するサーバー「medRxiv」に1月7日付けで発表された。これらの薬を投与された新型コロナ重症患者は、そうでない重症患者よりも人工呼吸器が必要となる率も致死率も低かった。  また、英国国内の180カ所で実施されたRECOVERY試験では、新型コロナの入院患者4116人を対象とし、無作為に選ばれた半数にトシリズマブを、残りの半数にプラセボ(偽薬)を投与した。結果は「medRxiv」に2月11日付けで発表された。トシリズマブを投与された患者群を、そうでない患者群と比較すると新型コロナによる致死率が約1.14倍低く、退院できる率が約1.2倍高かった。  ビムラージ氏は、こうした結果は期待を抱かせてくれるが、今後十分に精査する必要があると話す。「まだ査読前の段階ですから、私はこれらの結果を割り引いて受け止めています」  対象者が数十人から数百人単位だった過去の試験とは違い、特にRECOVERY試験では延べ3万7000人以上に参加してもらい、複数の治療法を検証してきた。これほど大規模に実施したことで、ある薬が新型コロナ患者に有効なのか有害なのかを見極める統計的に重要な判断材料が得られた。デキサメタゾンの有効性を初めて明確に立証した試験もそのひとつだ。「今までの(トシリズマブの)試験を全部合わせても、対象者の数はRECOVERY試験よりずっと少ないのです」とランドレー氏は言う。  現時点では、米国立衛生研究所(NIH)とIDSAは、まだ臨床試験以外でトシリズマブを新型コロナ治療薬として使用することを推奨していない(編注:日本では治験実施中)。  ビムラージ氏が期待するもうひとつの薬は、関節リウマチ治療薬として使用されているバリシチニブだ。NIHは、アレルギーやその他の疾患によりデキサメタゾンなどのステロイド薬を投与できない新型コロナ重症患者に、バリシチニブとレムデシビルの併用を推奨している(編注:日本では治験実施中)。  2020年12月11日付けで医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」に発表された試験結果によれば、バリシチニブとレムデシビルを併用して投与された患者では、免疫反応の暴走が抑制されることで、回復までの期間がレムデシビルだけと比較して平均で1日短縮された。  回復者から提供された、新型コロナの抗体を含む血漿(けっしょう)を患者に投与する回復期血漿療法についてもガイドラインが変更されている。米食品医薬品局(FDA)は2月4日、抗体価が低い血漿には効果がないというエビデンスに言及し、承認を抗体価が高い血漿に限定した。また、投与の対象を発症早期の入院患者に限定するとした(編注:日本では治験実施中)。

重症度別の対応が必要

 ヘパリンなどの血液抗凝固剤を用いた治療法も注目されている。この治療法では、新型コロナ感染症に伴う血栓のリスクを低下させ、患者の状態悪化を防ぐ効果が期待されている。  NIHの米国立心肺血液研究所は1月22日、入院した1000人以上の中等度の患者について、抗凝固剤を投与することで人工呼吸器が必要となるリスクが低下したと発表した。だが、12月に発表した試験結果にも触れ、重症化した患者には抗凝固剤は効果がないだけでなく症状が悪化することもあると強調した。 「これは、臨床試験において患者を重症度別に分類することがいかに重要かを示す良い例です。ある(重症度の)グループでは効果があっても、別のグループでは効果がなかったり有害だったりすることがあるのです」。NIHのフランシス・コリンズ所長は、抗凝固剤の試験結果について、ブログ「NIH Director’s Blog」の2月2日付けの投稿でそう述べている(編注:日本では血栓のリスクがある場合にヘパリンなどによる抗凝固療法を推奨)。  なかには、軽症患者が入院の必要な段階まで悪化しないようにすることに焦点を当てている研究もある。例えばカナダのモントリオール心臓研究所による「COLCORONA」試験では、抗炎症薬コルヒチンの効果を調査している。コルヒチンは、痛風や一部の心疾患の治療に広く使用されている薬だ。  ニュースリリースおよび1月27日付けで「medRxiv」に発表した論文によれば、COLCORONAの研究者たちは、新型コロナ感染症の軽症の在宅患者4488人を対象に試験を行った。その結果、コルヒチンを投与された患者群は、投与されなかった患者群と比較して入院または死亡のリスクが21%ほど低かったという。  だが臨床医たちは、コルヒチンの効果に対して疑念を抱いている。というのも、この論文の主な主張である「21%の減少」が、少人数の患者群に基づいているからだ。この試験では全体的に致死率と入院率が低かったので、1人の死亡や入院が結果を大きく左右する。対象となった4488人のうち、入院または死亡したのはわずか235人。そのうち104人がコルヒチンを投与され、131人は投与されていなかった。  また、コルヒチンが致死率を低下させたかどうかも明確ではない。PCR検査で陽性と確認されていた4159人のうち、死亡者の数は、コルヒチンを投与された患者群では5人、コルヒチンを投与されなかった患者群では9人だった。  2月上旬のカナダ放送協会(CBC)の報道によれば、ケベック州の臨床研究機関INESSSは、「新型コロナ感染症と診断された在宅患者へのコルヒチンの投与は、今の段階では支持できない」と述べた。  一方、コルヒチンが中等症から重症の新型コロナ入院患者に効果があるかどうか調査を始めた研究者もいる。ランドレー氏によれば、RECOVERY試験でも、アスピリン、バリシチニブ、2020年秋にトランプ前大統領の治療にも使われた抗体カクテル療法に加え、コルヒチンも試験の対象にするという。  それでも、短期間で新型コロナの致死率を低下させる効果が最も大きいのは、治療薬ではなくワクチン接種だと専門家は力説する。現在、ワクチン接種は米国内や世界中で進められており、承認済みのすべてのワクチンには生命が脅かされる事態を防ぐ高い効果が確認されている。 「新型コロナウイルスは人類に適応して変化しています。でも幸いなことに、私たちも知恵を絞って科学技術を駆使し、相当なスピードでこのウイルスに適応しています」とビムラージ氏は言う。

文=MICHAEL GRESHKO/訳=稲永浩子