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社会問題

パンデミックは偶然ではない、予防に世界的な自然保護政策を【感染症、歴史の教訓】

https://news.yahoo.co.jp/articles/20cba8136ec935fec1c0f5062a8350cf426a5825

2021/2/13(土) 18:08 NATIONAL GEOGRAPHIC

哺乳類や鳥類に未知のウイルスは170万種、うち85万が人間に感染する恐れ

森林火災の煙が漂うアマゾンの放牧場。アマゾンで見られるような森林消失は、新たな感染症の大流行を引き起こすと国際的な科学者グループは警告する。(PHOTOGRAPH BY VICTOR MORIYAMA, THE NEW YORK TIMES/REDUX)

 新型コロナウイルス感染症のようなパンデミック(世界的大流行)のリスクを大幅に減らすため、自然や野生生物の保護に数百億ドルを投資するよう、世界は政策を大きく転換するべきだ。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の生物多様性版とも呼ばれるグループ「IPBES」が、そのような警鐘を鳴らす報告書を発表したのは2020年10月29日のこと。 ギャラリー:ペストからコロナまで【感染症、歴史の教訓】画像20点  報告書では、野生生物やその生息地が減るせいで、人間が新たな感染症にさらされるリスクについての研究を総括している。これによると、生物多様性の保全は感染症の予防にもつながり、「予防する戦略がなければ、パンデミックの発生頻度や拡散速度が高まり、犠牲者は増え、世界経済はかつてないほど壊滅的な影響を受けるだろう」と、その言葉は重い。  具体的には、動物に由来する新型コロナ感染症、エイズ、インフルエンザ、エボラ、ジカ熱、ニパウイルス感染症などの野生動物から人に感染する病気、いわゆる人獣共通感染症の拡散を防ぐ取り組みが提言されている。感染源となる動物はコウモリ、鳥類、霊長類、げっ歯類が多く、哺乳類や鳥類には未知のウイルスは推定170万種も潜んでおり、その半数が人間に感染する恐れがあるという。  新型コロナ感染症のパンデミックが続くいま、この提言は当たり前に聞こえるかもしれない。だが、科学者は以前から、森林破壊の増加が感染症の大流行につながると警鐘を鳴らし続けていた。報告書の著者らによれば、人間の活動で環境への負荷が増え、人と野生生物の距離が近づくにつれて、パンデミックの発生数が増えているのは決して偶然ではない。

積み重なっていた数々の証拠

牧畜のために伐採されたアマゾン横断道路沿いの熱帯雨林。こうした伐採は、マラリアなどの感染症の蔓延につながることが研究で示されていた。(PHOTOGRAPH BY RICHARD BARNES, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

 森林の伐採が急速に進む地域では、実際のところ普通は野生生物の間でのみ発生する感染症が人間にまで広まる例がよく見られる。森林破壊の結果として、ニパウイルス、ラッサウイルス、マラリアやライム病を引き起こす寄生虫など、深刻な病を引き起こす病原体が人間にも広まっていることを示す科学的証拠はこの20年間でたくさん見つかっていた。  たとえば、ブラジルでは過去、マラリアの感染を1940年の年間600万例から20年後にはわずか5万例にまで減少させた。にもかかわらず、その後の急速な森林伐採と農業の拡大に伴い、感染者の数は着実に増加してきた。  マラリアは蚊に寄生するマラリア原虫による感染症で、現在は年間2億人以上が感染し、約50万人が亡くなっている。  2019年10月、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校地球研究所の疾病生態学者、アンディ・マクドナルド氏と米スタンフォード大学のエリン・モーディカイ氏は、アマゾン盆地の森林伐採がマラリアの伝染に及ぼす重大な影響を学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に報告している。論文によると、2003年から2015年までの期間において、森林の消失はマラリアの感染に確かに影響しており、焼失した森林が年間10パーセント増加するとマラリアの症例が3パーセント以上増えるという。  恐ろしい病気を運んでくるのは蚊だけではない。森から追い出された動物によって広がることもある。  西アフリカのリベリアでは、森林を伐採してパーム油のプランテーションを作ると、通常は森にすむようなネズミがヤシの実を求めて大量に集まってくる。厄介なことに、なかにはラッサウイルスを保有しているネズミがいて、その糞尿に接触すると人間が感染する。  ラッサウイルスはエボラウイルスと似たような症状を人間に引き起こし、リベリアでは感染者の36パーセントが死亡した。深刻な感染症を引き起こすウイルスをもつげっ歯類は、パナマ、ボリビア、ブラジルの森林伐採地域でも確認されている。  こうした経緯をたどるのは熱帯の病気とは限らない。マクドナルド氏の研究は、米国北東部における森林伐採とライム病との間に奇妙な関連があることを示唆している。 欧米では大きな社会問題となっているライム病の原因菌ボレリア・ブルグドルフェリ(Borrelia burgdorferi)は、森林に生息するシカの血を吸うマダニから感染する。ところがこの細菌は、人間が分断した森に生息するシロアシネズミからも見つかっている。  人への感染は気候が温暖になるほど増えて、かつては存在しなかった場所に現れる可能性が高まるかもしれないと、世界の感染症の追跡調査を行うニューヨークの非営利団体「エコヘルス・アライアンス」の疾患生態学者、カルロス・ザンブラナ=トッレリオ氏は指摘する。  そうした病気が森林周縁部にとどまるのか、それとも人の中に居着いて流行を引き起こすのかは、ウイルスの感染方法にかかっていると、米フロリダ大学新興病原体研究所の疫学者エイミー・ビットー氏は言う。たとえば、コロナやエボラのようなウイルスは、人から人へ直接感染する。理論上は人間がいる場所であれば、世界中いたるところに移動できる。 「また別の、もしかすると複数の病原体が、この先、同様の経緯をたどるとは考えたくありません。それでも、その可能性を考えて準備をしておくべきでしょう」とビットー氏は言う。

中途半端な規模では無意味、莫大な対策費用でも割に合う

コンゴ民主共和国のマタディで、黄熱ウイルスを運ぶネッタイシマカの駆除剤を散布する男性。(PHOTOGRAPH BY WILLIAM DANIELS, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

「本当に重要なのは、今行うべき対策の規模を知ることだと思います」と、自然保護団体「コンサベーション・インターナショナル」の気候科学者で、森林の消失がもたらす影響が専門のリー・ハンナ氏は話す。氏は報告書の査読者でもある。「これまでより一段階引き上げるという程度ではいけません。かつてないほどの水準にまで拡大する必要があります」  報告書は、パンデミック対策を監督する国際委員会や、生物多様性の保全への経済的なインセンティブ、そして研究や教育への投資を提案している。こうした制度改革により、パーム油の生産や、森林伐採、放牧などの縮小が期待できるという。  また、感染症のホットスポット(一大流行地)になりつつある場所を特定し、接触のリスクが特に高い人々により手厚い医療を提供するのにも役立つだろう。  将来のパンデミックのリスクを減らす対策をすべて講じるには、毎年400億~580億ドル(約4兆1400億~6兆円)もの費用がかかると著者らは推定している。だが、パンデミックが発生した場合の経済損失が数兆ドル規模に上ることを考えれば割に合うはずだと付け加える。2020年10月12日付けで「米国医師会雑誌(JAMA)」に発表された論文によると、新型コロナ感染症によるこれまでの経済損失は米国だけで16兆ドル(約1660兆円)以上だ。  来たる2021年5月には国連の生物多様性条約(CBD)第15回締約国会議(COP15)が開催され、各国が世界的な目標と国家戦略を策定する機会が設けられている。だが、その計画案に含まれる国際的な取り組み「キャンペーン・フォー・ネイチャー」のディレクターを務めるブライアン・オドネル氏は、ブラジルなど大規模な森林破壊が発生している国々が資金や支援を十分に確保しないことなどが目標達成の障害になっていると述べる。 「各国政府は景気刺激策には巨額を投じていますが、自然保護に関する新しい大規模財政支援策は、まだ具体的なものが見られません」  今回の世界的なパンデミックが「大きな目覚まし」になることを望むとオドネル氏は語る。「一部の人たちにはアラームが聞こえています」。だが、「まだ眠ったままの人があまりに多すぎるのです」  自然界や危機的な状況にある野生生物そのものの保護には積極的になれなかったとしても、人間の健康のためには自然を保護せざるを得ない。今回の報告書によって、その点を意思決定者には理解してほしいとハンナ氏は願っている。 「自然を保護する利己的な理由があるのです。自然保護は私たち自身を守ることにつながります」 この記事はナショナル ジオグラフィック日本版とYahoo!ニュースによる連携企画記事です。世界のニュースを独自の視点でお伝えします。

文=SARAH GIBBENS、KATARINA ZIMMER/訳=牧野建志、北村京子