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うがい薬買い占めの原因が、吉村知事よりも伝言ゲームの死角にあった理由

https://diamond.jp/articles/-/245269

2020.8.7 5:15 ダイアモンドオンライン 
鈴木貴博:百年コンサルティング代表
ライフ・社会 今週もナナメに考えた 鈴木貴博

「うがい薬」が街から消えた
騒動の原因は何だったのか

「ポピドンヨードうがい薬、売り切れました」

 2020年8月4日18時、私が近所の薬局を通りかかったときに見かけた表示です。きっかけは、この日14時に大阪で行われた吉村洋文府知事の記者会見でした。

「コロナの陽性者が減っていく」と吉村知事が明言する映像を私もニュースで見ましたが、これは明らかに情報の「伝言ゲーム」のミスでした。

 同じ会見でその根拠となる研究成果が発表されたのですが、会見で研究者が発表していたのは、「府の宿泊療養施設にいる41人の新型コロナ軽症患者に、イソジンなどのうがい薬の成分であるポピドンヨードで1日4回うがいをしてもらったうえで、毎日唾液によるPCR検査を行ってきたところ、4日目に唾液中のウイルスが目に見えて減少してきた」というものです。

 この会見を受け、うがい薬大手の明治ホールディングスの株価が急騰すると共に、薬局の店頭からうがい薬が売り切れてしまうという現象が起きました。そして、メルカリでは早速、医薬品ではないうがい薬が5000円の高値で取引されるという事態になります。マスク、トイレットペーパーに続く、「買い占め」現象が起きたわけです。

 この記者会見に対する批判的な医学関係者の反論をネット上で見つけることができますが、うがい薬の効果はあくまでうがいをした箇所にあるウイルスや細菌を殺すものでしかない、たとえば、のどをうがいすればのどが殺菌されるだけ、ということです。

 手を石鹸で洗えば手に付いたウイルスが死ぬのと同じで、ポピドンヨードでうがいをしたら口の中のウイルスの一定数を滅らすことができる。ですから「唾液を使ったPCR検査における陽性反応者の数が減る」のは当然です。

 そもそも唾液を使ったPCR検査は、その判定が難しいことも知られています。陽性判定数が減ったとしても、陽性患者の体内でウイルスが消えたわけではないということが、批判的な意見におけるポイントのようです。

 では、吉村知事の会見のどこが「情報の伝言ミス」なのでしょうか。

 消費者は、イソジンなどのうがい薬を使うと「新型コロナが治る」「感染しても重症化しない」と勘違いして買い占めたわけですが、吉村知事が言った「コロナの陽性者が減っていく」というメッセージは、その後を引き継いだ研究者は発信していません。

 研究発表の内容を聞くと、述べられているのは「唾液の中のウイルスを減らすことで、人にうつしにくい」ということのようです。そしてそのことが、軽症患者にとって重症化を防ぐことにつながるかどうかは、研究を続けていかないとわからない、ということでした。イソジンでコロナ陽性者が減るとは、言っていないわけです。

 吉村知事の立場でこのような会見をする意味は、実際にあります。7月初旬には主に東京で感染者が急増していましたが、8月頭にはむしろ関西や九州のほうで、人口あたりの感染増が多くなっています。ですから、できる対策はすべてやるべきです。

府民への発信は間違っていない
問題は情報の伝わり方にあり

 その中で、「ポピドンヨードでうがいをすると、感染拡大が抑えられるかもしれない」という研究があるという情報を、府民に対して発信する行為は、間違ってはいません。少なくとも、無症状患者の飛沫に含まれるウイルスは一時的に減るので、潜在的な陽性患者増は防げるわけです。

 うがいによって大阪府の陽性患者数が将来的に減る可能性は十分あって、知事の会見を頭から責めることもできません。つまり問題があったとすれば、それは「情報の伝わり方」です。そうなると、情報を受ける「受け手」としての私たちの「理解力」が問われることになります。そして、実はここが一番厄介な問題なのです。

 昨年のビジネス書大賞を受賞した新井紀子教授の著書『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』で取り上げられたように、日本人のかなりの数、たとえば4割程度が(これは文章にもよりますが)日本語の文章や情報を正確に捉えることができない、という問題があります。そもそも人工知能は、日本語の情報理解力で上位にいる人間には敵わないのですが、一方でその人工知能に勝てない日本人が、結構たくさんいるのです。

 その結果、SNSを通じた伝言ゲームでは、必ず間違った情報拡散が起きます。これが「ポピドンヨードでうがいをすると、コロナの陽性者が減っていく」という誤情報拡散の真因です。

 そして現実問題として、そういった誤情報が拡散するたびに品不足が起きる。マスク、トイレットペーパーに続いて、うがい薬が店頭から実際になくなったわけで、その意味では私たちは何も進歩していません。

 だとしたら、私たちはこれから先、新型コロナの感染が増加する中で何度も誤情報に振り回されることになるはずです。

「何かがなくなりそうになったら、そうなる前に買い占めろ」

 という行動は、それが論理的に間違っているかどうかは別にして、自分を守るためには必要な行動ということになります。昨日の時点でうがい薬を買わなかった人は、もう当分うがい薬は買えなくなるからです。

なぜ「第二波」を認めないのか
政府の方針はもはや読解できない

 政府が公式には認めていないコロナ第二波についても、私たち一般国民が備えるべきことは同じです。政府としては、新型コロナの感染者急増については、一応「正しい情報を伝えている」という立場です。

 新型コロナウイルス感染症対策分科会は、国内の感染状況については新たに4段階のステップを示しています。それによれば、現在の東京や大阪での新型コロナの感染者増は、まだ第二段階の「感染漸増段階」に過ぎません。理由は、感染者が増加していても、医療体制が支障をきたしていないからです。

 これが、医療体制が支障をきたしてから初めて第三段階の「感染急増段階」となり、そこでようやく国は緊急事態宣言を検討することになるのです。つまり、感染者数が以前よりも多いというだけでは、第二波に対応するための緊急事態宣言には入らない、と国が考えているのです。

 ところがポピドンヨードと同じで、このような複雑な日本語の文章の発表は、多くの日本人には読解できません。それは私も同じです。仕事なので、一生懸命、政府や感染症対策分科会が出している情報を読み取ろうとするのですが、どうしても読みこなせない部分が出てきます。

 実際私も、3月のときには「高熱を出した人は、自宅で4日間その状態が継続した後でないと、PCR検査が受けられない」と厚生労働大臣が言っているのだと、勘違いしていたくらいです。

 新たに発表されている4段階のステップにしても、私の読解力では、「沖縄県は感染者が急増しているうえに医療体制に支障をきたしている」という風に思えますが、それでも政府は緊急事態宣言を検討するとは言っていません。とにかく私程度の読解力では、政府の新型コロナに対する方針は読み取り切れないのです。

国民にとっては
「風評」で行動するのも自衛策に

 国民の多くも同じ気持ちでしょう。なぜ政府が「Go Toキャンペーン」を継続して、首都圏や関西圏、九州北部圏に増加している無症状感染者を、日本全国の観光地にばらまいているのか、まったく意図が読み取れないはず。だから不安で仕方なく、マスクをしていない若者や他県ナンバーの車を自粛警察が追い詰めるような事態になるわけです。

 結局国民は、自衛策として何をするべきなのでしょうか。マスクやうがい薬の品不足現象への対応と同じで、風評が起きたらそれに従うしかないのか。あるいは、間違った情報対応でもそれを行っている人が一定数いるのならそれに巻かれるべきなのか――。

 そんなことはまったく理性的な行動に思えないのですが、今の政治の情報伝達レベルを考えたら、国民にとっては、風評で行動するのも自衛策になるということです。これはとても不都合な話なのですが、それが今、世間では起きているのです。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)