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コロナ 社会問題

「差別はいつも弱者に向けられる」感染めぐる中傷、32年前の警告

https://news.yahoo.co.jp/articles/869862e742d1657ca66158bed85701d30d2c7380

2021/8/25(水) 16:01 南海放送

収束が見えない新型コロナ。未知の感染症と対峙していく中で、普段は心の奥に“隠れていた”私たちの正体が次々とあばかれています。その1つが、自分や家族を守ろうとする1人1人の「正義」の危うさです。 「人殺し」「ウイルスばらまくな」「犯罪者」…。愛媛県のある介護施設でクラスターが発生した際に寄せられた電話です。いずれも入所者と全く関係がない市民からの誹謗中傷です。30年前、ある薬害エイズ患者が未来に向けてある肉声を残しています。「警告だけはしておく。普段はきれいごとを言ってる人も、いざ自分の身の回りに何か起きたら、差別や偏見はいつも弱者に向けられる。何かあった時にこそ、自分の人間としての価値が問われる」。なぜ私たちは歴史を繰り返してしまうのでしょうか。 (南海放送 解説委員長 三谷隆司、記者 植田竜一)

◆24時間営業の保育園

塩見洋三園長(ひだまり保育園)

県内屈指の繁華街・愛媛県松山市三番町に「ひだまり保育園」という24時間営業の保育園があります。「コロナ前は、部屋からあふれるくらいの子ども預かっていましたよ」と懐かしげに語る塩見洋三園長(55)。 ひだまり保育園は朝や昼の保育のほかに、深夜から早朝にかけての夜間保育にも力を入れています。飲食店や医療・介護職など、夜の時間帯に働かないといけない母親が子どもを預けるケースが多いといいます。「預け先のない子どもたちのセーフティーネットの役割を担っている」という誇りを持って経営する塩見園長。しかし、今年の3月。ひだまり保育園は岐路に立たされます。「繁華街クラスター」が発生したのです。

◆繁華街クラスターと自粛警察

時短営業中のひだまり保育園

今年3月、松山市の繁華街で変異株を端緒として、感染者200人を超える大規模なクラスターが発生。ひだまり保育園の現状はどうなっているのか―。繁華街の“ど真ん中”にあるひだまり保育園を訪ねました。「かつて40人くらいいた夜間保育も、今は多くて2,3人。飲食店が閉まってしまって、繁華街で働くお母さんたちの仕事がなくなると子どもを預ける必要がなくなる」と塩見園長は肩を落とします。「いつか元に戻ると信じながら経営してきたけど、もうここが限界。うちも飲食店と同じか、それ以上にダメージを受けている」。 そんな中、一本の電話がひだまり保育園にかかってきます。「なんでおたくは夜の休業要請に逆らって開け続けてるの?おたくがやってるから飲食店で働くお母さんたちが仕事するんじゃないの」。保育園と全く関係がない“自粛警察”による、ひだまり保育園への“自粛要請”です。このような電話は、繁華街での感染拡大が進めば進むほど増えていきました。「ちょっとやるせなかったですね。まるでうちが感染を広げてるかのような言い方で…。飲食店だけでなく夜勤の看護師さんや介護職のお母さんの子どもも預かっているんですけど、なかなかご理解いただけません」(塩見園長)。

◆「人殺し」「犯罪者」…

クラスターが発生した高齢者介護施設

実は過去にも、自分とは全く関係がないのに、こうしたエッセンシャルワーカーや施設を攻撃する事例が起きていました。2020年4月、愛媛県松山市の介護施設に入所中の男性が、出席した葬儀をきっかけに新型コロナに感染。男性はその後亡くなりました。そして、施設の職員やほかの入所者ら介護施設全体での大規模クラスターにつながってしまいます。 「人殺し」「ウイルスばらまくな」「犯罪者」…。この施設で感染者が増えれば増えるほど、施設にある複数の電話回線はパンク状態になっていきました。電話の内容は施設と全く関係のない人たちから寄せられた誹謗中傷がほとんどで、対応した職員の数名は精神的なダメージから休職を余儀なくされました。しかし、当初は施設にはこれらの誹謗中傷は一切なく、ほとんどが励ましの電話だったといいます。一体、何があったのでしょうか。

◆免罪符を手に入れて―

中村時広知事の記者会見

施設関係者によると、「励ましの電話」が「誹謗中傷の電話」に変わったのは4月15日を境にしてだといいます。「知事や市長が記者会見で『施設の対応は由々しき事態』と指摘された日です」。取材に応じた施設関係者は言葉を選ぶように続けます。「マスコミが会見の内容を切り取って強調したことで、それを見た視聴者からの誹謗中傷も受けました」。 知事や市長は、あくまでも施設の対応について指摘しただけにもかかわらず、介護施設と全く関係ない人たちがこぞって職員への誹謗中傷を始めたのです。 “行政のトップも問題視しているから”という免罪符を手に入れて、1人1人の「正義」が暴走します。この事態を受け、4月20日知事が会見を開きます。「我々の敵はあくまでウイルスです。そのことは絶対に忘れてはいけない。いつ、その不平を言った方がうつるとも限らないんですよ」。するとその直後から、今度は施設に励ましや支援を申し出る電話が殺到するようになったといいます。

◆差別と闘ったエイズ患者・赤瀬範保さん

裁判所に入る赤瀬さんら原告団

果たして私たちの「正義」とは何なのか。それを考える上で、一つの材料となる声があります。今から32年前、あるエイズ患者が語った言葉です。「あんたたちメディアも、お偉いさんの言うことを寄ってたかって報道して。それが当然という世の中がおかしいんだよね。みんなもっと弱者とか感染者の気持ちを分かった上での発言って必要だと思う」。 愛媛県今治市のエイズ患者、赤瀬範保さん。1989年に全国で初めて実名を公表して薬害エイズ訴訟を闘いました。血友病患者だった赤瀬さんは、治療のために当時の厚生省が承認していた薬を投与した結果、薬にHIVが混ざっていたことが原因でエイズ患者となりました。 それにもかかわらず赤瀬さんら薬害エイズ患者は、病院での診療拒否や職場からの閉め出しなど、病気に対する偏見と誤解により激しい差別を受けます。当時、どのように感染するかわかっていなかった未知の感染症エイズ。自分を守ろうとする1人1人の「正義」は、激しい偏見とともに患者を社会から排除しようとします。

「いかにも罪人あつかいというか汚いもの扱いというか余計ものあつかいというか、それが見え見えなんだよね」(赤瀬さん)。