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「私はファイザーだった!」声高に喜ぶ人の心理とは?イタリアでなぜ「アストラゼネカ」が不人気なのか

https://news.yahoo.co.jp/articles/61ce0191bcf9d09bf15637f9285ebcab850b3150

2021/6/25(金) 15:01 東洋経済オンライン

 イタリアで今、ワクチン接種がどんどん進んでいる。  人に会ったときの挨拶は、ちょっと前までの「今日って、何色ゾーンだっけ?」から「ワクチンした?」「ファイザー?  モデルナ?」に変わった。感染状況によって各地を赤、オレンジ、黄色のゾーンに分け、行動規制がしかれていたつらい日々は過去になりつつある。 【写真】ダウンロードした接種票と当日会場でもらった番号札  6月21日からはイタリアのほぼ全土がホワイトゾーンになり、夜間の外出禁止も、レストラン等の営業時間規制も解除された。

 そんな中、私もワクチンの第1回接種を受けた。外国人である私がイタリアで16カ月に及ぶコロナ禍を過ごし、ロックダウンを切り抜け、そして今、イタリア人たちに混ざって接種を受けたことは、なんとなく感慨深いものがある。 ■突然、接種スピードが上がった  今からほぼ半年前の12月28日、EU加盟諸国で一斉に始まったワクチン接種だが、イタリアでは4月になってもワクチンの入荷遅れや接種スタッフ不足、連絡ミスなどが連発し、接種は遅々として進まなかった。オックスフォード大学Our World In Dataによると、4月16日のデータでは二度の接種を「完了」していたのはイタリア全国民のたった7%というお粗末さで、EUを離脱したばかりのイギリスやイスラエルから大きく遅れをとっていた。

 ところが4月後半ごろ、ある日突然、という感じで接種スピードがアップし始めた。政府は1日50万人接種という目標を掲げながらずっと到達できず、メディアから散々たたかれていたが、その数字も5月26日にクリア、6月10日には58万5639人まで増大した。1回目の接種を受けた人は国民の50%を超え、接種を完了した人(2回接種済み、または1回接種タイプのワクチンを接種)は6月22日の時点で26.27%までになった(オックスフォード大学Our World In Data)。

 集団免疫が作れるという8割にはまだ遠いが、感染者数も重症者、入院者、死者ともにどんどん減少し、6月21日には1日の感染者数がついに495人に。これは去年の8月以来の低い記録となった。各地でOPEN DAYなどが企画され、予約なしでも接種が受けられたり、12歳以上~18歳までの子どもたちもどんどんワクチンが打てる体制になってきている。  私はといえば、超高齢者の予約が一段落した後にスタートした一般予約開始日に、ピエモンテ州の予約専用サイトを軽い気分でのぞいてみた。モノは試しと名前、生年月日などの必要データを入力してみたら、拍子抜けするほど簡単に予約ができてしまった。

 イタリアでは、公的な手続き関係は複雑で一筋縄ではいかないことがとても多いから、ワクチンのネット予約もさぞかし複雑だろうと覚悟していたのだが、始めてからものの5分ほどで手続き終了。「あなたの予約を受け付けました」という予約番号とともに、「接種当日に必要な書類」「接種会場までの公共交通機関の無料バウチャー」がダウンロードできるようになっていた。  本当のことを言えば、絶対に安全かどうかわからないものを身体に入れていいのか、という不安がないとは言い切れない。予約できちゃったのか、じゃあ、行こうかな。そんなのが正直な気持ちだった。いい加減と言われるかもしれないが、考えても、どんなに調べても、科学者でもない私には本当のところはわからない。ただわかっているのは、今はワクチンをしなければ前に進んでいけないこと、それだけだ。

 それから10日後、スマホに予約日時を知らせるSMSが届いた。6月14日18時10分、会場は自宅から車で20分ほどのところにある、トリノの老舗コーヒー・メーカー「ラヴァッツァ」本社とのこと。 ■アストラゼネカの恐怖 イタリアには「NO VAX」というワクチン絶対拒否派が国民の7.5%ほどいるそうだが、絶対拒否ではなくとも、できれば接種したくないという人はもっとたくさんいるだろう。  イタリアで使用されているワクチンは、ファイザー、モデルナ、アストラゼネカ、そしてジョンソン&ジョンソンの4種類(日本はファイザー、モデルナ、アストラゼネカの3種類が薬事承認されているが、アストラゼネカについては審議中)だが、毎日のように報道される、ワクチン接種による副反応や死亡事故のニュースを見聞きすれば、不安になり、接種をためらうのは当たり前だ。

 そんな不安の中でも、ダントツはアストラゼネカ製のワクチンに関するものだ。イタリアでアストラゼネカが承認され使用が開始された直後は、高齢者の治験データがないから55歳以上には使用しないということだった。  ところが40~50代の接種者であいついで血栓症が起き、死者も出た。すると今度は60歳以上の人にのみ使用すると180度方針が変わった。だが接種スピードが増していくにつれて、いつのまにか60歳以下も使用OKとなった。二転三転するワクチン政策、そして「ワクチンをして得られる安心と、ごく稀にしか起こらないワクチンによる被害を天秤にかけて考えてください」などという一か八か的な説明に、政府やEUに不信感を抱く人がどんどん増えていった。ごく稀だって、それが自分に起きないとは限らない。

 値段が安いこと、ファイザーやモデルナに比べて効果が低いこと、そして1回目と2回目のインターバルが28日以上84日以内と長すぎる(ファイザーは21日、モデルナは28日)のもアストラゼネカの不人気に拍車をかけていた。ワクチン接種に行ってアストラゼネカとわかると拒否して帰ってしまう人、自分の予約日が近づくにつれ、「アストラゼネカと言われたらどうしよう」と悩む人が私の周りにもたくさんいた。  イタリアでは基本的に接種当日、会場に行くまで何を接種されるかはわからないし、自分で選ぶこともできない。だからファイザーやモデルナの接種を受けられた人たちは、まるでブランド物を自慢するように「私はファイザーだった!」と声高に喜んでいた。

 そんなとき、アストラゼネカのワクチンを接種した女性が血栓症で死亡するという事故が起きた。健康体の18歳だったことを重く見た政府は、即座にアストラゼネカの使用をストップ。60歳以下への接種には今後アストラゼネカを使用しないと即時決定した。まだ一度も接種を受けていなかった60歳以下の人たちはホッとしたかもしれないが、すでに一度目の接種をアストラゼネカで済ませている人たちはどうするのだという大議論が巻き起こった。今のところ、違うワクチンを混ぜたくないという人にはアストラゼネカを許可し、そうでなければファイザー、またはモデルナで、ということに一応落ち着いている。

■そして私の接種日がやってきた  私は花粉やハウスダスト、犬猫の毛などにアレルギーがあって、喘息気味である。それで一応ホームドクターに相談してみると、「喘息があるなら接種24時間前と1時間前、接種後4日間抗ヒスタミン薬を飲みなさい」と指示された。とても忘れっぽい私は、前日からアラームをセットしてキッチリ服用した。だが接種前の問診で「アレルギーは薬品アレルギーのみ気をつける必要があるんです。花粉や犬猫は関係ないですね」と医師から言われがっかりすると同時に、ホームドクターへの情報の不徹底にあきれることになった。

 接種会場のLavazza(ラヴァッツァ)は、1895年にトリノで創業したコーヒー・メーカー。会社のイベントスペースを接種会場として提供したようだ。広い敷地に到着してみると、「入口」と「出口」に分かれていて、人の流れが交差しないようになっているのは、もはやコロナ時代の常識。  入口へ行くと数人が並んでいたが、10分もしないうちに建物の入り口に到着。そこで必要書類を持っているか、すでに記入してあるかのチェックを受けてから、受付ブースに案内される。待つことなく番号札をもらい、いよいよ待合室へ。

 距離を開けて40~50人ほどが座って待っている。ファイザーだと思い込んでいるけど、本当にそうだろうか?  アストラゼネカと言われたらどうする? という不安が一瞬頭をよぎる。  15分ほどで順番が回ってきた。ブースに入ると、年配の女性医師と若い女性アシスタントのような人が「大変お待たせして申し訳ありません、どうぞおかけください」と、とてもにこやかだ。イタリアの病院といえば、医療スタッフはみんな無愛想で、時には意地悪とも言えるほど雑な対応なことが多い。普段とのあまりの違いにびっくりすると同時に、緊張がすっとほぐれる。そして「シニョーラ(奥さん)は日本のどちら出身ですか?  へー、東京なんですね。死ぬまでにぜひ一度行かなきゃいけないと思っているところですよ」なんておしゃべりしながら、簡単な問診が始まった。

 そして「ファイザーを接種しますね」というドクターの一言。ファイザーだからといって副反応がないわけではないが、やっぱり肩の荷が少し軽くなった気分だ。注射はまったく痛くなく、さっと終わった。別の出口から接種後の待機室に案内される。15分待つ間に次回の予約表と、ラヴァッツァのコーヒーチケットをくれた。最近バールも普通に営業が再開されたから、帰りに一杯飲んで行こうかな、などと考えていたら、私の後ろに座っていた若い女性が具合が悪くなり、床に倒れこんだ。やっぱり何か起こる人には起こるんだな、と少し焦るが、私はなんともなく、15分後、無事帰途についた。

 翌朝、注射されたあたりがとても痛くて腕が上がらないが、それ以外は普通に元気に目がさめた。だが接種からちょうど24時間経った頃から、なんだか頭がふわふわし始めた。インフルエンザで高熱が出たのを解熱剤で無理やり下げている、そんな感じに似ただるさと力の入らない感じが丸2日間続き、そしてそれも消えた。 ■屋外でのマスク着用義務が解除される  6月に入り、真夏のような気温が続いている最近のイタリアで、ついに6月28日からは屋外でのマスク着用義務が解除されることになった(ただし密が発生する場所では屋外でも引き続きマスク着用義務)。

暑い時期のマスクはつらい。特に、もともとマスクをする習慣のない欧米人たちがマスクを早く外したいと思う気持ちは理解できるが、ワクチンを済ませてもすぐにマスクを外してはダメ、と専門家たちが口を酸っぱくして言っていたのを思い出す。ワクチンは発症と重症化を防ぐが、感染を防ぐかどうかははっきりわかっていない。他人に感染させることはありうるし、そもそも発症を防ぐのも100%ではないからと言っていたはずだ。今、増えつつあるデルタ変異株(インド株)に至ってはファイザーで79%、アストラゼネカなら60%まで効果が下がってしまうという(イルジョルノ紙)。

 せっかくワクチン接種を受けたのに、ちょっと先を急いだせいで再びパンデミック再燃なんて、絶対やめてほしい。

宮本 さやか :フードライター