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社会問題

西浦教授が懸念、ワクチン開始後の「第4波」

https://news.yahoo.co.jp/articles/4dc93d26ef0973f088d874b85e8353e34c2f1fa7

2021/2/7(日) 10:01 東洋経済ONLINE

昨春の緊急事態宣言時に8割接触削減を提唱し、「8割おじさん」として知られるようになった西浦博・京都大学教授(理論疫学)。1月27日に行ったインタビューの第2弾では、ワクチン接種や中盤戦以降のコロナ禍との向き合い方について語っている(前編は2月6日配信「菅政権が『コロナ第3波』の対応に遅れたワケ」)。 この記事の写真を見る ■ワクチンが揃うのは予定より半年延びた  ――2月下旬からワクチン接種が始まる予定です。  十分なドーズ(服用量)のワクチンが本当に期待どおり来るのかは相当に心配している。アメリカ・ファイザー社から日本への供給は、当初政府との基本合意では6月末までに6000万人分を確保できるはずだったが、年内に7200万人分という形での正式契約になった。つまり、6月末までに約束されていた分が揃わない可能性がある。

 「できるだけ急ぐ」とはされているが、実態としての配分量は極めてデリケートで直前までわからないとされ、事前に評価するのも困難だ。ただ、ワクチンが揃うのが当初予定より半年延びるということは、単純に考えれば緊急事態宣言がありうるような期間が半年も延びるということだ。ゴール地点が延びたということにほかならず、日本の政治能力の圧倒的な敗北の1つだ。それだけ経済や雇用面で打撃を受けるリスクが増す。  ――ワクチン接種の優先順位についてどう見ますか。

 現段階の接種予定で政府が明確にアナウンスしているのは、まず医療従事者、高齢者、基礎疾患のある人、そしてその後に介護従事者だ。一般の人々はこれまで6月といわれていたが、現実的には夏が終わってからになるのではないか。  医療従事者のワクチン接種が進むと、彼らから高齢入院患者への伝播によるクラスター(感染集団)が減り、入院負荷が少し減ることにつながるだろう。その意味では、約200万人いる介護従事者も同様に施設内で高齢者へ伝播させかねないリスクを負う立場にあるため、彼らの接種を高齢者の前へ前倒ししたほうが感染防止策として効率的だと思う。

 ――ワクチン接種が進んだときの注意点はありますか。  高齢者や基礎疾患のある人の接種が進めば、重症者が抑制されるため、新型コロナによる社会的な喧噪はいったん落ち着きを見せ始める可能性がある。そのとき、私が最も恐れるリスクシナリオは、みんなが辛抱しきれなくなることだ。  これまで人々はコロナ対策に耐えて協力をしてきたが、高齢者などの重症化リスクが抑制されたとき、政府が適切に国民の行動制御をできるのかと心配している。若年層や中年層が「医療リスクは減った」として平時の行動に戻れば、これまでの日本の新規感染者数より1桁多い水準まで感染拡大は進んでいくかもしれない。

■ワクチンが行き渡るまでのタイムラグ  とくに若者を含む生産年齢人口を相手に、最も肝心なタイミングで首相が「(接触を減らすのを)俺もがんばるから、みんながんばろう」と心からの言葉がかけられない状況は本当に厳しい。ワクチンが全国民に行き渡って集団免疫を達成できる時期は見込めない。その時まで、みんなで行動を制御することに国民の合意が得られるか。その点を今のうちから広く議論しておくべきだと思う。  経済への影響を考えると、行動制限に反対する声は大きくなると思う。しかし、若年・中年層で1桁2桁大きい感染になってしまうと、ワクチンで守れなかった高齢者や喘息患者、それから未接種者の50~60代での重症者の増加によって医療の負荷の拡大がこれまで以上のスピードで起こり、結果として医療資源を圧迫する可能性がある。そういった懸念を考えて、われわれもシミュレーションして準備している。政治はそうしたロードマップを示せるか、今後ワクチン接種が始まる中で重要なトピックだと思う。

 ――PCR検査の効果に関しては新しい知見はありますか。  検査の是非は段々見えてきた。従来、検査の対象を濃厚接触者などハイリスクの人に限定するのか、接触のない人も含めた全人口まで広げるのかについて議論が戦わされてきた。その中で、有症状者の診断や安心の担保、ビジネス促進などの話はここでは横に置いて、流行抑制のために限定した場合にPCR検査をどう使うべきなのかについては議論が整理されつつある。  神戸大学の國谷紀良准教授(数理科学)の研究にあるように、実効再生産数2.5では2~3日に1回、実効再生産数2では3~4日に1回、感染リスクを持つ同一人物を対象に繰り返し検査を行い、陽性者は宿泊療養などで自己隔離するなど2次感染防止策を取れば、新型コロナの収束に役立つという理論的な根幹を成す考え方は明確になった。

 ――現在のように、都市部のほぼ全人口がリスク対象であるときには、全員に対して数日に1回の検査を続けるというのは、検査や医療のキャパシティから言っても非現実的ですね。  その通りだ。しかし、流行が非常に収まってきて、感染の可能性が局所的で極めて小規模の集団に限定されるようになったときには、検査を繰り返すのは現実的にも有効なオプションの1つかもしれない。  例えば、どこかの街の繁華街や施設などに感染リスクが限定されてきたといった状況になれば、ほかのコロナ対策と一緒に、そうした局所で繰り返しの検査を行えば、新型コロナを消すというオペレーションをやるうえで役立つ1つの武器になるかもしれない。もっとも、その際も全対象者を巻き込んで複数回繰り返す検査でないといけないし、陽性者の徹底した2次感染防止策をどう社会に実装するか、という大きなハードルがある。

 ――そこまで感染リスクが局所的・小規模集団になるのはかなり先のことになりそうです。また将来、頻回の検査が出番になったとしても、検査に対しては「個人の自由」の立場からの抵抗があります。  昨夏、東京・新宿で集中的な検査が行われたことがあった。そのときは、行政が検査センターを設置して、呼び掛けた住民が来てくれるのに任せていた。「検査は個人にとって便益があるものだ」という認識の下では、自由意志に任せるしかない。

■社会実装に大きな課題  だが、先ほど話した同一人物の頻回検査でコロナを収束させるという議論は、社会における流行抑制というパブリックな目的だ。それを踏まえながら、地域の行政が果たして検査を実装するのかということ自体に関して、それを推奨したり実装したりする立場の者が具体的なオペレーションの方法を議論することが求められる。  日本は、昨春は行政検査のキャパシティが低かったことで知られる。加えて、入院や療養のスペースが極めて限られていた訳なのだから、検査陽性時の2次感染予防を工夫して考えないといけない。私はこの課題では専門家の議論に中心的に関わっていないのだが、実装には相当の努力を要すると思う。

 また、強制力を持たせないと頻回検査をできないのかわからないが検討を要するだろう。流行サイズが大きすぎる現状では考えにくいオプションだが、局所的にハイリスクの環境下にある住民が「一旦、流行を終わらせたい」と強い意志を持って検査を行う状況が作れるなら、考えうる対策オプションの1つであることは間違いない。オペレーション現場での実現は公衆衛生行政と本課題を推奨する意志を持つ専門家に課せられた1つの挑戦だと思う。

――昨年のインタビューでは、異質性(1人ひとりは同質的に行動しないこと)を考慮すれば、集団免疫率(閾値)は教科書的に言われる6割より低いかもしれないとの話がありました。その後研究者の間ではどんな認識になっていますか(集団免疫率や基本再生産数に関しては、「科学が示す『コロナ長期化』という確実な未来」を参照)。  異質性に関する論文のうち1編はその後、アメリカの『サイエンス』誌に掲載され、今では6割でなく5割程度ではないかとされている。ただし、基本再生産数はすでに述べたとおり気温やほかの要因で変動することも覚えておく必要がある。

■集団免疫閾値に達しても散発的な感染は続く  集団免疫については、自然な感染拡大にまかせ、いち早くそこに到達するという戦略を採ったとされるブラジル・マナウスやスウェーデンが批判されているが、それには集団免疫そのものや実効再生産数に関する誤解も含まれている。  たとえば、マナウスでは確かに住民の7割5分が感染したのだが、まだ散発的に流行が続いている。これで集団免疫閾値の妥当性を即座に議論するのは早く、とくに、集団生物学を十分に理解していないことに帰することのできる2つの点で誤解がありがちで、飛躍しすぎであることに注意する必要がある。

 1点目は、集団免疫閾値とは、流行中の実効再生産数が1を下回る(=新規感染者が減少に転じる)ことにつながる累積免疫保持者の比率であって、1つの流行を通じた累積感染者数の比率ではない。つまり、例えば55%が集団免疫閾値なら、免疫保持者がその割合を超えたところでやっと集団全体で実効再生産数が1を下回って感染者が減りはじめる、ということだ。  他方、1つの流行を通じた累積感染者数については、1人ひとりが同質な接触をする集団の数理モデルから導かれる最終規模方程式を使うと、単純計算で基本再生産数が2.0だと79.7%、2.5だと89.3%になる。このような感染しうるパーセンテージと集団免疫閾値は混同してはならない。

 2点目として、たとえマナウスというクローズドな集団で集団免疫閾値に達したとしても、人々は移動するので外から感染者が入ってきたとき、未感染のマナウス住民の間で小規模の集団発生が繰り返される。集団免疫とは、そういった局所の小規模流行を防ぐことを保証しない。  基本再生産数を基にした集団免疫閾値によって感染が収束するというのは、クローズドな集団における大規模流行の話であって、外と開かれたオープンな状況では話は変わってくる。国境を越えた人の移動を前提とすれば、この感染症の流行を本当の意味で収束させるためには1国だけではなく、多くの国において(ワクチン接種による)集団免疫を達成する必要がある。

野村 明弘 :東洋経済 解説部コラムニスト