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社会問題

「くちばしマスク」や「蘇る死者」、パンデミックの奇妙な産物【感染症、歴史の教訓】

https://news.yahoo.co.jp/articles/0a50b1224f3a8bec7f6453f729530ad4d213e6cf

2021/1/31(日) 18:07配信 NATIONAL GEOGRAPHIC

恐ろしい疫病はいつの時代も迷信や誤情報を広げてしまうものなのか

1656年に描かれたローマのペスト医師。不吉で象徴的なその姿は、今日でもよく知られている。(PHOTOGRAPH BY ARTEFACT, ALAMY)

 新型コロナ感染症のパンデミックでは、フェイクニュースや誤った情報の氾濫も問題となっている。一方、ペストのパンデミックが起きたかつてのヨーロッパでは、風変わりな産物や迷信が登場した。原因不明の疫病に対する人々の反応は往々にして奇妙であり、そこには新型コロナ感染症の誤情報がはびこる今も教訓にできる一面があるかもしれない。 関連ギャラリー:ペストからコロナまで【感染症、歴史の教訓】画像20点  たとえば、17世紀のヨーロッパではペストの治療にあたる医師たちが、独特な防護服を身にまとい、鳥のクチバシのようなものが付いたマスクを着用していた。以来、この格好は不吉なイメージを帯びるようになるのだが、それにしてもなぜこんな形のマスクを使ったのだろうか。  それは、恐ろしい病気の本質を理解できていなかったからだ。  何世紀にもわたり、ヨーロッパでペストが大流行を繰り返すなかで、富める者にも貧しい者にも公平に治療がほどこされるよう、ペストに襲われた町は専門家の「ペスト医師」を雇うようになる。彼らは予防薬やペストの解毒薬と信じられていたものを処方し、遺言に立ち会い、検死を行なった。その際に、クチバシ付きのマスクを着用する専門医が現れた。  このマスクは、17世紀のフランスの医師シャルル・ド・ロルムが考案したとされている。フランス国王ルイ13世をはじめ、多くのヨーロッパの王族を治療した医師だ。  彼は、香料入りのワックスを塗ったコート、ブーツとつながる丈が短めのズボン、シャツのすそをズボンの中に入れること、ヤギ革製の帽子や手袋を身に着けることなど、治療にあたる際の服装について書き記している。ペスト医師は、患者を触る(直接の接触を避ける)ための杖も持っていた。  なかでも、マスクはとりわけ異様だった。ペスト医師はゴーグルとマスクを着用していた、とド・ロルムは続けている。マスクの鼻は、「長さ15センチのクチバシのような形で、中に香料を入れていた。穴は鼻孔近くの左右に1箇所ずつの2つしかなかったが、呼吸をするのには十分だった。クチバシに仕込んだハーブの香りを、吸い込む空気にまとわせることができた」という。  ヨーロッパ中のペスト医師が同じ格好をしていたが、この見た目は特にイタリアで象徴的なものとなった。ペスト医師は仮面を使用するイタリアの演劇やカーニバルの定番になり、今日でも人気が高い。  しかし、この近寄りがたい服装は、ただの不気味なファッションなどではない。先に書いたように、医師を瘴気(災いを起こす気)から守ろうとする防護服だった。  病気の細菌説が広まる以前、ペストは毒された空気を介して伝染し、人の体液のバランスを乱すと信じられていた。甘い香りや刺激臭は、ペストに汚染されたエリアを浄化し、伝染を予防できると考えられていた。当時よく用いられたのは、花やお香、その他の香料だった。  ペスト医師は、毒蛇の肉の粉末、シナモン、没薬(植物の樹脂)、蜂蜜など、55種類を超えるハーブや他の材料を混ぜ合わせた解毒薬をマスクに詰めていた。ド・ロルムは、このマスクのクチバシの形状が、医師が吸う空気に解毒薬を十分に行き渡らせると考えていた。  実際には、ペストはペスト菌(Yersinia pestis)により引き起こされる。動物から人に感染し、ノミに噛まれたり、ペスト菌に汚染された体液や組織と接触したり、肺ペスト患者のくしゃみや咳によって放たれた飛沫を吸い込んだりして感染する。  今見れば奇妙なマスクも防護服も、当時はありがたがられていただろう。ペスト医師を一目で見分けるのにも役立ったかもしれない。だが結局のところ、ペスト医師の防護服や治療法は、ほとんど効果がなかった。 「残念ながら、近世のペスト医師の治療戦略は、延命や苦痛の緩和、治癒には、ほぼ効果がなかった」と歴史学者フランク・M・スノーデン氏は書いている。本当に効果のある科学的な予防法が確立されるのは、病気の細菌説と抗生物質が登場してからだ。

中欧の奇妙なうつぶせ埋葬、「蘇る死者」を恐怖か

ドイツ、ベルリンの教会墓地で発掘された中世の墓。男性がうつぶせに埋葬されている。うつぶせ埋葬は中世後半に増加した。(PHOTOGRAPH BY LANDESDENKMALAMT BERLIN, CLAUDIA MARIA MELISCH)

 恐ろしいペストのパンデミックは、人々の死生観や宗教観に影を落とし、迷信をはびこらせ、埋葬の習慣にまで影響を与えたという研究結果も発表されている。  2014年、スイスの人類学者アメリー・アルタラウゲ氏は、数世紀前の共同墓地で見つかった奇妙な墓を調査するよう指示された。340ある墓の中で、その1つだけが際立っていた。中年の男性がうつぶせに埋葬されていたのだ。  曲がった肘の内側には、硬貨がいっぱいに詰まった財布と鉄製のナイフがあった。服の下に隠していたのだろう。硬貨から推定された埋葬時期は1630~1650年。スイスのこの一帯でペストが流行していた時期だ。 「家族も葬儀屋も遺体を調べたくなかったように見えます」とアルタラウゲ氏は話す。「埋葬するとき、すでに遺体の腐食が進んでいたか、あるいは感染症にかかっていたため、誰も近づきたくなかったのではないでしょうか」  うつぶせの埋葬は極めてまれだが、東欧のスラブ語圏などには記録が存在する。遺体を切断したり、石の重りを付けたりといった風習と同じく、遺体が墓から逃げ出さないようにすることで、吸血鬼や死者のよみがえりを阻止できると信じられていた。  アルタラウゲ氏はこの発見をきっかけに、うつぶせで埋葬された遺体をスイス、ドイツ、オーストリアのドイツ語圏で探すことにした。その研究結果は2020年に学術誌「PLOS ONE」に発表されている。  中央ヨーロッパのドイツ語圏における900年分のうつぶせの埋葬の記録を100件近く分析したところ、データからは埋葬習慣の大きな変化が示唆された。アルタラウゲ氏らはこの変化を、ペストによる死や、よみがえった犠牲者が生きている人に取りつくという迷信と関連づけている。

東欧の「不死者(アンデッド)」の影響か

ドイツの傭兵が死神と話をしている16世紀の線画。ペストの流行にともない「不死者」の物語がドイツ語圏の埋葬習慣に反映された可能性がある。(ILLUSTRATION BY DEA PICTURE LIBRARY, DE AGOSTINI/GETTY)

 ヨーロッパでは14世紀前半あたりから、うつぶせの埋葬が増加し始める。この変化は壊滅的なペスト流行の時期と一致する。1347年から流行が始まったペストはヨーロッパ全域で猛威を振るい、数千万人もの命を奪った。  埋葬が追いつかないほどのペースで死者が増えると、遺体が腐敗する光景や音が日常になり、人々を不安にさせた。遺体は膨らんで変形し、腸に充満したガスが予期せぬタイミングで耳障りな音を放つ。朽ちて干からびた遺体は表現のしようがなく、肉体がしぼむと体毛や爪が伸びたように見える。  腐敗中の「遺体は動き、音を出します。自身の肉体や、遺体を覆う布を食べているように見えるかもしれません」とアルタラウゲ氏は話す。  中世のヨーロッパの人々は、こうした目の前の音と光景を説明しようと試み、東欧のスラブ語圏に広まっていた「不死者(アンデッド)」の概念に注目した可能性がある。「ドイツには、吸血鬼(の概念)はありません」とアルタラウゲ氏。「ですが、遺体が動き回るという考え方はあります」。これも、14世紀半ばに最初のペストの感染拡大が発生してから間もなく、東欧のスラブ語圏から西欧に伝わった概念だった。

複数の人が急に亡くなる出来事と、超自然的な力

 それ以前のドイツ語圏には、良い幽霊があの世から戻ってきて愛する人に警告したり、助けたりする物語があった。しかしペストが流行すると、幽霊は別の形を取るようになった。よみがえる死者、あるいは歩くしかばねだ。 「悪霊に関するこうした変化は1300~1400年頃に起きました」とドイツ、テュービンゲン大学の考古学者マティアス・トプラク氏は説明する。氏は今回の研究に参加していない。  アルタラウゲ氏らは中世の民間伝承に手掛かりを求め、「ナハツェーラー」の物語に着目した。ナハツェーラーは「遺体をむさぼる者」というような意味で、飢えた遺体が自身の体と体を覆う布を食べ、その過程で遺族の生命力を奪うとされている。 「歴史文献には、異常な死や不慮の死を遂げた者がナハツェーラーになると記されています」とアルタラウゲ氏は説明する。「ペストの流行中には、コミュニティーで最初に死んだ人がナハツェーラーになると考えられていました」  パンデミック下のヨーロッパでは、この言い伝えには説得力があった。死者の近親者が葬式を終えてから数日以内に発症し、病に倒れるという出来事が相次いでいたため、死者の呪いのように思えたに違いない。  当時はまた、「再び歩く者」を意味する「ヴィーダーゲンガー」も恐れられていた。墓から現れ、コミュニティーにつきまとう遺体のことだ。「悪事を働いた人や、予期せぬ死でやり残したことがある人、誰かに償ったり復讐したりする必要がある人は、ヴィーダーゲンガーになる可能性があると考えられていました」とアルタラウゲ氏は説明する。 「こうした迷信の背景にはどれも、1つの社会で複数の人が急に亡くなるという出来事があったに違いありません」とトプラク氏は話す。「人々が超自然的な存在に責任を負わせ、死者の復活を阻止しようと手を打ったと考えれば筋が通ります」  だがしかし、うつぶせ寝で埋葬した死者が再び歩き始めることはなかったし、パンデミックが止まりもしなかった。それでも迷信を信じ続けてしまうのが人間の本性なのだろう。インフォデミックに揺さぶられる現代でも、それはあまり変わっていないのかもしれない。 この記事はナショナル ジオグラフィック日本版とYahoo!ニュースによる連携企画記事です。世界のニュースを独自の視点でお伝えします。

文=ERIN BLAKEMORE 、ANDREW CURRY/訳=牧野建志、米井香織