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社会問題

冬のコロナ大感染、わかりきっていた危機になぜ日本は対応できなかったか

https://news.yahoo.co.jp/articles/afc8c566c6add82e90af55526df17d3aeb3bef7b

2021/1/14(木) 6:01 DIAMOND ONLINE

● なぜ、今ごろ? 民間病院の協力を政府が呼びかけ  連日のように「医療崩壊」が叫ばれる中、政府が「民間病院の協力」を呼びかけている。  今月10日のフジテレビの番組に出演した田村憲久厚生労働相は、補助金を拡充するなどして、民間の医療機関にコロナ患者の受け入れを促していく考えを示した。公立病院など一部の医療機関に患者を集中させてきた体制が、いよいよここにきて破綻しつつあるのだ。  という話を聞くと、「そんなことになるのは、前からわかり切っていただろ」と呆れる方も多いのではないか。  ご存じのように、「コロナが冬に大流行する可能性が高い」ということは、半年以上前から世界各国の研究者が警鐘を鳴らしていた。日本でも昨年7月、山形県衛生研究所が、従来のコロナウイルス4種類が冬に突出して流行をすることがわかっているので、新型コロナも同様の傾向を示す可能性がある、という論文をまとめている。  というより、感染症が冬に大流行するのは、一般庶民でも知っている「常識」だ。厚生労働省によれば、2019年1月21から27日の1週間で、全国の医療機関を受診したインフルエンザの患者数は推計で約222万6000人に及び、1999年以降、最多となっている。ワクチンのあるインフルが年末年始後にこれだけ広がっていることに鑑みれば、新型コロナもこの時期にどんなに気をつけたところで数十万人レベルで感染爆発する、というのは素人でも予想できる。  だから、半年以上前からメディアや専門家は「医療体制の見直し」を訴えてきた。たとえば、昨年の5月25日の「日本経済新聞」では、人口当たりの感染者数が少なかったにもかかわらず医療現場が逼迫したことを受け、脆弱な医療体制を見直すべきだと提言し、「感染のペースが落ち着いた今の『猶予』をいかに活用して態勢を再構築するかが問われる」と結んでいる。

 しかし、年末に感染者が急増してから血相を変えて、「民間病院の協力」を呼びかけていることからもわかるように、日本はこの7カ月あまりの「猶予」を活かすことができなかった。今回の緊急事態宣言を受けて、元厚労省医系技官で医師の木村盛世氏も、政府と医師会にこんな苦言を呈している。  「昨年の春以降、国や医師会は国民の頑張りに応えて、医療を総力戦の体制にしておくべきだった。私は厚生労働省にいたし、医師でもあるので、非常に憤りを感じている」(ABEMA TIMES 1月6日)  もちろん、政府も医師会もサボっていたわけではなく、昨年8月には前回の緊急事態宣言の教訓を生かし、医療資源を重症者に集約することを目的とした「新型コロナウイルス感染症対策の新パッケージ」を決定した。が、メディアから「内容は既定路線の寄せ集めにすぎない」(日本経済新聞9月10日)と酷評されたように、現状の医療体制の抜本的な見直しがなされたわけではなかった。 ● 根本的な問題解決に着手しなかった 「現状維持バイアス」の可能性  では、なぜ政府や医師会は、「現状維持」に流れてしまったのだろうか。  多くの専門家が「感染症2類相当見直し」や特措法改正の必要性を唱え、一部の医療機関への負担集中を解消すべきだと訴えたのに、なぜ「医療体制の見直し」という根本的な問題解決に着手しなかったのか。  まず考えられるのは、政府も医師会も、「みんなこれだけ頑張っているんだから、今の調子でいけばなんとなるんじゃないか」という「ふわっ」とした現状維持バイアスに支配されてしまっていた可能性だ。  医療専門サイト「m3.com」が昨年11月13日から18日までの間、医師会員2921人に対して、都道府県の体制整備についてこの冬を乗り切れるかについて質問をしたところ、「はい」と回答した医師は31.8%で、「いいえ」の20.1%を上回った。つまり医師会の中には、医療体制の見直しをせずに「現状維持」を続けても、なんとかコロナの流行を乗り切れるという淡い期待を抱いていた医師の方もかなりいたのである。

● コロナ患者をみる病院とそれ以外 「役割分担」のシステムエラー  では、なぜ医療崩壊の恐ろしさを誰よりも知っているはずの医師の皆さんが、こんなご都合主義的な楽観論に囚われてしまったのか。  1つには、多くの医師会員の方たちが「今の医療体制は間違っていない」という現状維持の観点から、すべての物事を考えている傾向があることが大きい。  それを象徴するのが、今年1月6日の記者会見で、日本医師会の中川俊男会長が「民間病院では新型コロナウイルス感染者の受け入れが少ない」との記者からの指摘に対して行った、以下の回答だ。  「コロナ患者をみる医療機関と通常の医療機関が役割分担をした結果だ。民間病院は面として地域医療を支えている」(読売新聞オンライン1月6日)  客観的に見れば、他国と比べて圧倒的に少ない患者数で医療崩壊寸前になっているのだから、この「役割分担」に重大なシステムエラーがあるように感じてしまうのだが、医師会からすれば、そのような可能性はないというわけだ。  このように「今の医療体制は間違っていない」という考えがビタッと固定されてしまっていれば、そこでどんなに議論を交わしても、どんなに知恵を絞っても、「今の医療体制」を微調整したようなコロナ対策しか出てこないのは言うまでもないだろう。今のやり方に大きな問題もないと考える人たちに、どんなに「改革せよ」「変われ」と説いたところで、まったくピンとこないのは当然なのだ。  つまりこの半年間、「冬の感染爆発」の危機が叫ばれていた中でも、政府や医師会が「総力戦の体制」を構築することができなかったのは、日本医師会が現状の「コロナ患者をみる医療機関と通常の医療機関の役割分担」を見直す必要がないと信じていたであろうことが大きいのだ。

 それに加えて、日本のコロナ医療が「現状維持」に流れがちなのは、もう1つ大きな構造的な要因があるのではないかと、個人的に考えている。それは、「小さな医院・クリニックの経営者」が多いということだ。  医療危機が叫ばれるようになってから、約8000といわれる日本の病院数は世界一だという話がよく出るが、実は「小さな医院・クリニックの経営者」の多さも、先進国の中でトップレベルだ。厚生統計要覧令和元年度によれば、小さな医院やクリニックを示す「診療所」(病床が0~19床以下の医療施設)は10万2105施設もある。 ● 小さな医院・クリニックの経営者数が 世界トップレベルであることの影響  それは言い換えれば、実はあまり語られることがないが、日本というのは「小さな医院・クリニックの経営者」が世界トップレベルに多い国であるということなのだ。  「それが医療体制の見直しという話にどう関係あるのだ」と首を傾げる方も多いだろうが、大いに関係している。実は「国民の生活インフラを担う小さな会社の経営者」は「現状維持」を好む傾向があることがわかっているからだ。  『2020年版 中小企業白書・小規模白書』では、企業を4つに分類している。グローバル展開をするグローバル型、サプライチェーンでの中核ポジションを確保するサプライチェーン型、地域資源を活用する地域資源型、そして、地域の生活コミニティを下支えする「生活インフラ型」である。  小規模事業者に自社がどのような分類を目指しているのかと質問をしたところ、「生活インフラ型」と回答した割合が高かった業種は「電気・ガス・熱供給・水道業」(85.9%)、「金融業・保険業」(81%)、生活関連サービス(90%)などだが、その中でも最も多かったのは「医療・福祉」(92.3%)だった。  このような町の小さな医院やクリニックを含めた「生活インフラ型小規模事業者」には、他の分類には見られないある特徴的な傾向が浮かび上がっている。それは「現状維持」だ。

 4分類の小規模事業者に、今後5年間の事業方針を質問したところ、グローバル型やサプライチェーン型の小規模事業者は7割超から6割で「成長・拡大」と回答し、「現状維持」との回答は2~3割の水準にとどまっているのに対して、生活インフラ型はまったく逆の傾向となった。「成長・拡大」は29.5%にとどまり、「現状維持」が58.5%に上ったのだ。  断っておくが、筆者は「現状維持」を望むことが悪いなどと言っているわけではない。地域の生活者のインフラを守るには、何をおいても事業の存続を目指すのは当然だ。「成長・拡大」などのリスクをとって、廃業などに追い込まれてしまうことは絶対に避けなくてはいけない。医療や福祉という公的サービスならばなおさらだ。  ただ、現状維持というのは良いことばかりではなく、急激な「環境の変化」に対して迅速に対応できないという「負の側面」もある、と申し上げたいだけだ。  リスクを取らない経営方針をずっと貫いてきた小さな医院やクリニックの経営者が、「コロナを受け入れている病院が医療崩壊寸前だから、皆さんも協力してほしい」と言われても、「了解!やりましょう」とフットワーク軽く動けるだろうか。 ● 「存続」を第一に考える医療機関の 要望を代弁しがちな日本医師会  前述のように、彼らが何よりも守るのは「存続」だ。施設も小さく、人員も少ない小さな医院やクリニックで院内感染が起きたり、「あそこの看護師がコロナになった」などという風評が流れたりしたら、すぐに経営危機に陥って通常医療が続けられなくなってしまう。「そんな危ない橋は渡れない」と考える小さな医院・クリニックの経営者は多いはずだ。  そして、このような経営者側の要望をきっちりと政治に届けてくれるのが、他でもない日本医師会である。  日本医師会会員数調査(令和元年12月1日現在)によれば、会員総数17万2763人のうち8万3368人は「病院・診療所の開設者」。今コロナで苦しむ公立病院などの勤務医の会員は少なく、発言力もないため、日本医師会は「病院経営者の団体」と呼ばれている。

 さらに、その内訳を見ればもっと興味深い。病院開設者が3985人なのに対して、診療所開設者が7万473人。つまり、「現状維持」を望む傾向の強い「小さな医院・クリニックの経営者」が大多数を占めているのだ。  そんな「現状維持バイアス」が強く支配している日本医師会と、彼らに選挙で頭の上がらない菅政権が、いくら医療崩壊の危機が叫ばれているからといって、現状を大きく変えてしまう「医療体制の見直し」に着手できるだろうか。  ぶっちゃけ、無理ではないか。 ● コロナ禍のブラック労働で疲弊する 最前線の医療従事者に目を向けよ  医療に限らず、日本ではこういうことがよくある。迫り来る「危機」を前にして、「変わらなくては」「改革が必要だ」という声だけは上がるが、政治に影響力のある団体がそれを骨抜きにする。弱い立場の人間が苦しみボロボロになっても、「がんばれ、がんばれ」と精神論を唱えるだけで「現状維持」に流れるのだ。  多くの人の犠牲でどうにか「危機」を乗り越えた後も、喉元過ぎればなんとやらで、構造的な問題にはなかなかメスが入らない。だから、またしばらくすると同じような「危機」が再発する。こんな「危機の先送り」を、戦後ずっと繰り返してきている。  低い賃金、低い生産性などはその最たるのものだが、1億2000万人という先進国で2番目に多い人口を生かした「規模の経済」と過去の栄光によって、どうにかうまく誤魔化してきた。しかし、最前線の医療従事者が壮絶なブラック労働を強いられるコロナ禍で、それが通用するとは思えない。  取り返しのつかない事態になる前に、いつまで経っても「改革」を先延ばしにしてしまう、という日本の目を背けたくなる現実に、きちんと向き合うべきではないのか。  (ノンフィクションライター 窪田順生