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社会問題

「緊急事態宣言は適切ではない」…台湾が感染爆発を防げたワケ

https://news.yahoo.co.jp/articles/78243a0c753385b373a75715e63e91d203e260fd

2021/1/11(月) 9:01 幻冬舎 GOLD ONLINE

こんな人材が日本にも欲しかった。オードリー・タン。2020年に全世界を襲った新型コロナウイルスの封じ込めに成功した台湾。その中心的な役割を担い、世界のメディアがいま、最も注目するデジタルテクノロジー界の異才が、コロナ対策成功の秘密、デジタルと民主主義、デジタルと教育、AIとイノベーション、そして日本へのメッセージを語る。本連載はオードリー・タン著『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)の一部を抜粋し、再編集したものです。

「高齢者に届かないマスク」政策は即座に中止

オードリー・タン 台湾デジタル担当政務委員(閣僚)

官民の連携によって生まれたマスクマップ 対策会議の結果、台湾の国民皆保険制度を活用して、全民健康保険カードを使った実名販売を始めることにしました。ただし、あるコンビニで誰かがマスクを購入したら、その情報がリアルタイムで別の店舗にも共有される必要があります。「この人はもう購入しているので、これ以上は購入できません」という情報が伝わらなければ、また複数店舗で購入する人が出てきます。 そこで実名販売を実現するために、全民健康保険カードを使うだけでなく、クレジットカードや利用者登録式の「悠遊カード」(日本のSuicaのような非接触型ICカード)を使ったキャッシュレス決済を組み込むことにしました。この方法であれば、誰がマスクを購入したかを確実に把握することができます。 ところが、いざスタートしてみると、この方法でマスクを購入した人は全体の四割しかいないことがわかりました。つまり、現金や無記名式の「悠遊カード」を使い慣れていた高齢者には不便な方法だったのです。これは単にデジタルディバイド(情報格差)の問題ではありません。防疫政策の綻びです。マスクを購入できた人と購入できなかった人の割合が半々では、防疫の意味をなしません。 かといって、高齢者に使い慣れた現金や無記名式の悠遊カードを使うのをやめてもらい、「これからは記名制の『悠遊カード』を使いなさい」「キャッシュレス決済を学びなさい」と迫るのはナンセンスです。 そこで、この方法はとりあえず停止して、まずは全民健康保険カードを持って薬局に並んでマスクを購入してもらうことにしました。これなら高齢者には慣れたやり方ですし、彼らには並ぶ時間的な余裕もあります。また、家族の全民健康保険カードを預かって一緒に買ってあげることもできるので、自分が家族に貢献しているという感覚も持てたようです。 並んで購入することは高齢者にとって負担となりますし、コンビニでの購入と比べれば時間的コストもかかります。しかし、結果として70~80%の人がマスクを購入することができ、台湾での防疫に大きな役割を果たしたのです。 その次に、今度は並んでマスクを購入する時間的余裕がない人のために、スマホを使ってコンビニでマスクを購入するシステムを設計しました。また、台北では自動販売機でマスクをキャッシュレス決済で購入できるようにしました。ただし、「誰がマスクを購入した」という情報は、中央健康保険署にリンクされるようにしました。また、中央健康保険署は台北市政府とリンクされ、さらに台北市政府内の衛生局や情報技術局ともリンクされて、情報共有が図られました。

「マスクマップ」でマスク在庫状況が分かる

オードリー・タン著『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)

一連のマスク対策で重要だったのは、〝問題を処理する順序〞でした。我々はまず対面式あるいは紙ベースでしか対応できない人について処理を行い、その方式を進める中で「もっと便利で早い方法を使いたい」という声に対応していきました。その結果、中央部会の各部局、外局、自治体のスマートシティ事務局、薬局、民間の科学技術関連企業など、あらゆる分野、機関を跨いで全体を統合することで、マスク政策は一歩進んだものになりました。 マスクの実名販売制を進めた際、最初はコンビニでマスクを販売し、後に薬局での販売に切り替えました。コンビニでの販売期間はわずか3~4日だったと思いますが、この間に大きな混乱が起こりました。どこのコンビニにどれだけの在庫があるのかがわからなかったことが、この混乱の原因でした。海外でも大きな話題となった台湾のマスクマップのアイデアは、こんな状況から生まれてきたのです。 マスクマップができるきっかけは、台湾南部に住む一人の市民が、近隣店舗のマスク在庫状況を調べて地図アプリで公開したことから始まりました。私はそれをチャットアプリ「Slackスラック)」で知りました。政府の情報公開やデジタル化を推進するスラック上のチャンネルには、8000人以上のシビックハッカー(政府が公開したデータを活用してアプリやサービスを開発する市井のプログラマー)が参加しており、コロナ対策に限っても、当時500人以上のシビックハッカーがいました。 私がマスクマップを作ることを提案し、行政がマスクの流通・在庫データを一般公開すると、シビックハッカーたちが協力して、どこの店舗にどれだけのマスクの在庫があるかがリアルタイムでわかる地図アプリを次々に開発しました。これによって、誰もが安心して効率的にマスクを購入できるようになったのです。 このような経緯で、台湾における新型コロナウイルス感染症防止の重要なポイントだったマスク対策は成功を収めることができたのです。 政府と民間の信頼関係の象徴となった全民保険制度 先に述べたように、台湾におけるマスク対策のベースとなったのが、国民皆保険制度にあたる「全民保険制度」でした。これは台湾の人々が、政府の中央健康保険署に大きな信頼を寄せている証でもあります。もし、多くの人々が政府よりも民間の保険会社を信頼し、保険会社がビジネスとして競争力を有し、責任を持って人々の健康を支える状態であれば、「全民保険制度」がこれほどうまく機能するという状況は到底出てこなかったはずです。 では、なぜ台湾では、多くの人々が政府の保険を信頼しているのでしょうか。それは、全民健康保険争議審議会で話し合われるあらゆるプロセスが、原稿の一言一句まで透明化されているからです。これは私がデジタル担当政務委員に就任する以前から、そのようなシステムになっています。政府は、健康保険の審議会で改正があるたびに、すべての資料を透明化し、どのような作業が進んでいるのかを国民に公開しています。

緊急事態宣言がなくても国民が政府に協力した

実を言うと、この全民健康保険制度そのものも、2002年、2003年に社会の異なる階層や年齢、そして地方から代表者が集まって審議されたことがあります。その点で、この制度は、社会のあらゆる意見を集めて形成された融合的なものとも言えます。そのような経緯があるため、この全民保険制度の正当性は、民間の保険会社と比べても遜色なく、信頼されるに足るものとなっているのです。 同時に、それは政府と人々の信頼関係を意味しています。政府が人々を信用していなければ、今回も強制力によって管理することになったでしょう。つまり、「人々が自主管理できない」という理由で、刑罰による威嚇や監禁、ロックダウンの強制といった手段をとらざるを得なかったかもしれません。 しかし、CECCは当初から「緊急事態宣言を発布するような状態ではない」と言ってきました。「緊急事態宣言をすれば強権的なことができるけれど、それは適切ではない。緊急事態宣言を出さなくても、国民が自発的に政府に協力してくれることが大切だ」という考えだったのです。 たとえば、バーやナイトクラブのような匿名性の高い場所は、以前は防疫に協力してもらえるとは考えられていませんでした。しかし、CECCの陳時中指揮官は、彼らを信頼して、防疫の方式として実名登録や写真による記録などを提案しました。最終的に、バーやナイトクラブもそれに応じることによって、営業を続けることができました。 最初から「誰かが違反するだろう」などという先入観を持って強制的なやり方を選択するのは、いい方法ではありません。誰でも感染などしたくないのですから、「どのようにすればお互い協力できるのか」ということを考えるべきなのです。それが政府と人々の重要な信頼の源になるわけで、両者の間に相互信頼があったことが、台湾において感染拡大を防いだ最大の理由であったと言っていいと思います。 全民健康保険カードやクレジットカードによって本人確認を行い、さらに行政機関のデータとリンクさせるというやり方は、ITの活用によって実現したことですが、それは政府と人々との間に信頼関係があったからこそ実現したのです。このような相互信頼が、社会のデジタル化を推進していくときに不可欠な前提条件になると私は考えています。 オードリー・タン 台湾デジタル担当政務委員(閣僚)