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社会問題

コロナ危機で、じつは日本企業で「終身雇用」が大復活するかもしれない「意外なワケ」

https://news.yahoo.co.jp/articles/bed2600acfd3e5bf95ac22f24961cfb98e3a1c04

2021/1/4(月) 7:31 現代ビジネス

西洋医学はパンデミックに「役立った」のか…?

写真:現代ビジネス

 現在世界的に広がるパンデミックの脅威に人々がおびえている。日本における現状は2020年3月26日の記事で述べたように「心配しすぎ」と思えるが、世界的に見れば感染者が1億人に迫る感染症が大きな猛威をふるっているのは確かだ。 【写真】コロナ危機で、じつは日本が「世界で一人勝ち」する時代がきそうなワケ  さて、この感染症に対して近代以降「抗生物質の発見」など目覚ましい発展を遂げた「西洋医学」はどれほど役に立つのだろうか?   例えばワクチン云々が話題になる。無毒化・弱毒化しているとはいえ「病原体(から製造された薬品)」を注射するリスクは別にして、騒がれているワクチンで新型肺炎を本当に退治できるのだろうか?   その可能性は極めて低いと考えられる。第1次世界大戦末期にはやり始めた「スペイン風邪(中国起源説も根強い)」の大規模な流行は1918~20年の間とされるが、なぜ収束したのかはっきりとは分かっていない。変異して普通のインフルエンザになったのだとも考えられる。実際、インフルエンザも高齢者などが重症化した場合の死亡率はかなり高い。  つまり現代医学は「パンデミック」の収束に対してほとんど何も貢献しなかったといえる(対症療法で死者を減らすとか症状を緩和するという貢献はしている)。  むしろ、感染症対策としては、手洗い、うがいなど古代から続く衛生習慣が有効であるし、マスクも「口を覆う布」と考えれば近代西洋医学以前から存在する「ローテク」だ。  また、インフルエンザの予防接種をしても、インフルエンザに罹患することが多々あることを我々は経験的によく知っている。  これはインフルエンザの予防接種のワクチンは「その年に流行する型を事前に予想する」必要があるからだ。予想が外れればワクチンはあまり意味をなさないし、もし予想の型が流行しても、同時多発的に発生するそれ以外の型に罹患する可能性はかなりある。

「合理主義」の限界

 結局、ウイルスも自分を守るために進化する(念のためウイルスは「生物」とは定義しないのが一般的だが、無生物も「進化」すると考えられている)から、対症療法では堂々巡りにしかならない。  この世を物質中心にとらえ、物質による対症療法によって対処する方法には限界が来ているのは明らかだ。だから、「1人の人間」としてとらえ、その人間が病気に打ち勝つ基本能力(免疫力)を高めようとする漢方や中国医学に注目が集まるのは当然とも言える。  同様に、西洋医学と同じ「物質中心の対症療法」の西洋的経営は(西洋医学と同様に)特定領域で目覚ましい成果を上げたが、全体として大きな「感染症(広範囲に広がる危機)」に無力であることが分かった。  つまり、経営・ビジネスの世界でも、特にバブル崩壊以降諸悪の根源のように批判されてきた「人間中心主義」の(東洋的)日本型経営を再評価すべき時がやってきていると考えられるのだ。

「合理主義」の限界

 結局、ウイルスも自分を守るために進化する(念のためウイルスは「生物」とは定義しないのが一般的だが、無生物も「進化」すると考えられている)から、対症療法では堂々巡りにしかならない。  この世を物質中心にとらえ、物質による対症療法によって対処する方法には限界が来ているのは明らかだ。だから、「1人の人間」としてとらえ、その人間が病気に打ち勝つ基本能力(免疫力)を高めようとする漢方や中国医学に注目が集まるのは当然とも言える。  同様に、西洋医学と同じ「物質中心の対症療法」の西洋的経営は(西洋医学と同様に)特定領域で目覚ましい成果を上げたが、全体として大きな「感染症(広範囲に広がる危機)」に無力であることが分かった。  つまり、経営・ビジネスの世界でも、特にバブル崩壊以降諸悪の根源のように批判されてきた「人間中心主義」の(東洋的)日本型経営を再評価すべき時がやってきていると考えられるのだ。

物の支配

 そもそも、欧州のルネサンスは、現代の北朝鮮よりもひどい、将軍様ならぬ神(の代理人=聖職者)が支配した「中世暗黒時代」へのレジスタンス(抵抗運動)としての側面が非常に強い。  自称神の代理人(聖職者)が好き勝手に無実の人々を火あぶりにするなどの横暴に対抗するためのレジスタンス側の武器が「科学」であり「論理」である。横暴から身を守るための盾であったとも言える。  ところが、「(西洋)科学」や「論理」が勝利した現代では、「神の専制支配」から脱出する武器の一つであったはずの(科学や論理を背景とした)「唯物論」が、逆に人々を支配している。  象徴的なものが、近代経済学で言うところの「合理的経済人」=「金で動く人間」である。このような人々が、社会、経済の中枢で大手を振って歩いていることが、現代社会の病の根源である。  この問題について、経済学のあるべき姿を中心に論じたのが、筆者の研究調査レポート「経済学ルネサンス・人間経済科学登場」だ。  結局、神から人間性を取り戻したはずなのに、いつの間にか物質に支配されているのが今の世の中だと言える。資本主義、共産主義にかかわらず「唯物論」が現代社会の最大の病原菌と言えるのかもしれない。

日本人が口下手なのは中身が濃いからだ

 よく、日本人は「自己アピール力」、「表現力」が弱いと言われる。全くその通りだと思う。しかし、決してそれが悪いというわけではない。むしろ誇るべきなのである。  日本人のアピール力が弱いのは「中身の品質を重視する」という最大の長所と表裏一体だからだ。  西洋型経営、特に現代米国の経営の特徴は、「包装紙や外箱に費用と労力を費やす」ことである。  例えば「TEDカラオケ」なるものがある。熱弁をふるう有名人の画像にアテレコで適当な話を吹き替えるのだが、これが意外にうまくいく。  つまり、表現力云々の代表格とも言えるプレゼンテ―ションで人々が見ているのは、外見=「箱・包装紙」なのである。プレゼンでは中身が重要ではないから、表現力の高い「見掛け倒し」の人間が活躍できるわけである。ディべートも同様だ。  そもそも、アドルフ・ヒットラーが歴史に残る演説の名手であったことは有名だし、同じくスピーチのうまさで評価されたバラク・オバマ氏は米国民へのアンケート調査で「戦後最悪の大統領」と名指しされている。  我々が、最先端のファッションに身を包んで弁舌巧みな中身が空っぽの人間と、見てくれはぱっとしないがぼくとつで中身の濃い人間のどちらを目指すべきなのかあえて述べる必要はないだろう。  もちろん、親しく付き合うべきなのも後者である。

信頼は密な人間関係からしか生まれない

 「科学」「合理性」「論理」さらには「見かけ」を否定するわけではない。しかし、それらは「人間性」や「中身」と両輪を成してこそ初めて意味を持つのだ。  日本型経営の最大の特徴の1つとされる「終身雇用」は、まさに「人間性」や「中身」に着目した手法だ。  西洋的合理主義で言えば、必要な時に必要な人材をそろえる「オン・ディマンド」が正しい経営ということなる。もちろん、人間が物であれば、オン・ディマンドで無機的に扱われても何も感じない。しかし、人間には「心」がある。  つまり、リストラを繰り返している会社は、目先で得をしているように見えても「心の無い」人々を呼び寄せることによって、長期的に企業組織を破壊するという大損をしているに過ぎない。  日本型経営の特徴は他にも色々あるが、それらの基盤は「長期的信頼関係」であり、その信頼関係は、「外箱・包装紙」や付け焼刃の「対症療法」では築くことができない。  「信頼」は、「中身の濃い人間同士」の「人間的コミュ二ケーション」からしか生まれないのだ。そのために、定年まで会社に在籍できることが保証(少なくとも企業がその努力を行う)される「終身雇用」は極めて有効なツールだ。

パンデミックのような危機に対応するには……

 日本において(世界の他の国々と比べて)パンデミックの被害が極めて限定的であったのは、政府の政策や医療業界の対症療法のおかげではない。むしろそれらは、日本でも諸外国同様(あるいはそれ以下)でしかなかった。  日本がパンデミック対策で成功したのは、(他国が簡単にまねできない)長年の歴史に培われた日本人の衛生意識の高さのおかげだ。  同じように、「日本型経営」も長年の日本の歴史に支えられている。一時期もてはやされた「日本型経営」が欧米などで忘れ去られたのは、彼らが日本型経営を活用できるだけの文化基盤を持たなかったからに過ぎない。  「中身の濃い」日本型経営は、西洋流で外箱や包装紙だけをコピーしても役に立たないのだ。長年にわたる「人間関係」による「信頼」が本質なのである。我々は、西洋流の「見てくれ」に騙されて、「濃い中身」という本質を忘れてはならない。  パンデミックのような大きな危機がやってくれば、果たしてどちらが正しい選択なのかがよくわかる。

日本型経営を「復活」させるべきワケ

 日本が低迷しているのは、西洋流に追いついていないからではない。日本型経営を忘れてしまったからだ。  目先の対症療法に踊らされず「濃い中身」を構築することを怠ったことが、日本低迷の最大原因だ。  「箱」や「包装紙」は見ればすぐわかるが、「中身」や「本質」を知るのは簡単ではない。  バブル崩壊後、「一時的にうまくいかない罪」を「日本型経営」になすりつけたことが最大の失敗だ。  むしろ、バブル崩壊後の苦しい時期にこそ「歯を食いしばって明るい未来への準備のために中身を充実させる」べきであった。いまさら言っても仕方が無いが、まだ間に合う。  今からでも、西洋流の小手先経営はやめて「日本型経営」を復活させるべきなのだ。

大原 浩(国際投資アナリスト)