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社会問題

新型コロナ、日本の満員電車で「クラスター」が起きない「意外なワケ」

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2021/11/30 村上和巳

新型コロナウイルス感染症が1月に日本に流入してからすでに丸10ヵ月が経過し、いま再び第3波と言えるような事態が起きている。この間、コロナウイルスについては様々な研究結果が発表されているものの、その量はあまりにも膨大なうえ、報道などで伝えられるのはその一部で、その一部すら日々追えていない人がほとんどだろう。

そこで、この感染症治療の最前線にいる国立国際医療研究センターの国際感染症センター国際感染症対策室医長で感染症専門医の忽那賢志氏へ緊急インタビュー。新型コロナについて現在まで分かっていること、わかっていないことを整理したうえ、第3波ともいわれる状況下にあって、いま「知っておくべきこと」を掘り下げた(本インタビューは11月18日時点までに行われたものであり、その時点での知見に基づいている)。
コロナ「第3波」がやってきた photo/gettyimages

「気温の低下」は大きい

―日本国内での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行については、3~5月の感染者急増と緊急事態宣言が発令期間を第1波、そして6月下旬から再び感染者報告が増えてきて8月をピークにした第2波、そして11月に入ってからは第3波ともいわれる感染者の報告が急増していますが。

夏にかけての第2波は8月をピークに徐々に収束に向かいつつあったものの、なかなか収束し切れずにくすぶっていました。いわば感染者が減少する要因と増加する要因が拮抗する綱引きのような状態だったわけですが、ここにきてそれが増加する方に大きくバランスが崩れてしまったようです。

この原因は今のところ明確ではありませんが、寒さが増したという気候的要因や感染症対策に関するちょっとした油断などが重なってしまったのだと思います。

「日本全国」で警戒すべし

第1波と第2波を比べた場合、検査体制の充実により比較的軽症の段階から感染者を発見できるようになったことや治療体制の整備で、第2波の重症者の報告は第1波と比べてかなり減少し、医療機関にかかる負担も当時ほどではありませんでした。

ところが今回の第3波は1日当たりの感染者数が第2波よりも多く、しかも若年世代の感染者の割合が多かった第2波当初と比べ、感染者に占める高齢者、つまり重症化リスクが高い感染者の割合が多くなった第2波後期の状態のまま、全国での感染者が増加しています。実際、私たちの病院でも重症者が入院するペースが第2波より早く、緊張感が漂い始めています。

―北海道で感染者が増えていますね。

気温低下についてウイルス感染症は蔓延しやすいという方向もありますし、当然ながら寒さゆえに換気もままならないという事情も関係している可能性もあります。今後気温の低下とともに日本全国で警戒が必要と言えるでしょう。気温の低下とともに日本全国で警戒が必要になってきた photo/gettyimages

―感染経路として第1波、第2波と比べ、家庭内感染が増えているようですが。

確かに現在は家庭内感染が一番多いのですが、それも元はと言えば家庭外で感染して持ち込まれているものです。その意味で、手洗い励行、3密回避、屋内でのマスク着用などの基本的対策を徹底することが何よりも重要です。

屋内での接触時は「無症状」でもマスク着用が基本

―その意味では、これまで一般的に感染症ではマスクの予防効果は懐疑的な報告が多かったと思いますが、今回はマスクの効果が強調され始めています。

もっともよく知られている呼吸器感染症であるインフルエンザの場合、他人への感染性が最も高い時期は発症直後です。このことを念頭に従来、私たち感染症専門医や世界保健機関(WHO)は症状がある、すなわち咳をしている人たちへマスク着用を推奨し、それがマスク着用の常識でした。

ところが新型コロナの感染性のピークは発症前、詳しい解析では発症の約3日前からと報告されています。しかも、二次感染が発生するのは、発症後よりも発症前の方が多いとも推定されています。

具体例を挙げると、1月にドイツで初めて確認された新型コロナの感染例です。この例はドイツを訪問した中国人が帰国後に新型コロナを発症。後にその中国人と同じ会議に出席していたドイツ人2人も感染が判明し、さらにこのうちの第1例目のドイツ人と接触があった別のドイツ人2人も後に感染が確認されました。

最初の中国人とドイツ人2人の接触期間、第1例目のドイツ人と接触したドイツ人2人の接触期間では、誰も発症していませんでした。つまり互いに症状がない時期に接触し、その後発症しています。

また、台湾で新型コロナの感染が確定した100人とその濃厚接触者2761人を調査した結果から、濃厚接触者のうち後に発症した22人はいずれも感染確定者の発症前、あるいは発症から5日目までに接触した人で、発症から1週間以上経った人と接触した人では感染は確認されていません。

これまでの研究結果からも二次感染が起こるレベルの感染性は概ね発症3日前から発症5日後ぐらいまで、重症患者の5%程度からは発症から約15日後まで、最大で約20日後で、それ以上経た感染者から感染すること基本的にほぼないと言えます。20日以降でも感染者に対するPCR検査で陽性が続く事例は数多くありますが、この場合は感染性があるわけではありません。

いずれにせよ症状がない感染者も会話で飛沫を飛ばし、感染を広げていることが明らかであるため、症状が無くとも屋内で他人と接触する際は全員がマスクを着用しようという「ユニバーサルマスク」という考えが提唱されています。

日本の満員電車でクラスターが起きないワケ

―実際のマスクの効果はどの程度なのでしょうか?

アメリカの事例ですが、ある美容室で働く美容師2人が新型コロナに感染していたという、正直そんな美容室には絶対行きたくないと思うような事例に関して興味深い報告があります。この美容師2人、お客さんともに全員マスクを着用していたため、2人と15分以上会話をした濃厚接触者と定義できるお客さん139人のなかで感染者はいませんでした。

また、アメリカでの医療機関からの報告では、病院の医療従事者全員にマスク着用を義務付け、後には来院する患者全員にマスク着用を義務付けた結果、徐々に院内の医療従事者の感染が減少したことも報告されています。

今回の新型コロナに関する「ユニバーサル・マスク」とは感染性のピークが発症前であるため、理論的にマスク着用が望ましいと言われていたのですが、現在はそのエビデンスがこのように出てきているわけです。

―また、ニューノーマルとして盛んに提唱されているのがいわゆる「3密の回避」ですが、その経緯を改めて教えてください。

新型コロナウイルス厚生労働省対策本部クラスター対策班が、2月26日までの国内感染事例110例の分析から、このうち8割は他人に感染させていないにもかかわらず、2割の人が二次感染を引き起こしていると発表しました。

この二次感染を起こしている2割の人が置かれていた環境が(1)換気が悪い密閉空間(2)多数が集まる密集場所(3)間近で発声や会話をする密接場面、という3つの「密」が重なるケースでした。このためこの環境を避けることが非常に重要になると強調されています。

韓国では新興宗教団体・新天地イエス教会の礼拝所を起点に5000人を超える感染者が発生したメガクラスターが報告されています。この教会の礼拝の写真を見ると、あまり換気がされていないだろうと思われる密閉空間で、多数の人がマスクを着用せずに密集している様子がうかがえます。また礼拝では、長時間にわたり声を出したり、歌ったりということが想定されます。このような環境では大変なことが起こるわけです。photo by iStock

ちなみに日本国内の満員の通勤電車などを指して「3密なのになぜクラスターが起きないのでしょうか?」と疑問を寄せられることがありますが、これはおそらく電車内で皆さんがあまりしゃべらないからだと思います。

クラスターが発生しているケースの多くは、合唱している、カラオケをしているとなど大声を出しているところです。これに加えて最近は電車内でも多くの乗客がマスクを着用し、換気されていることも影響していると思われます。

マスクは感染リスクに応じてつけるべき

―一方でマスクについては逆に頻用し過ぎとの指摘もあるようですが。

私も含め感染症専門医は屋外かつ常にマスクを着用すべきとは言っていません屋外で近距離で他人に接することがない場合、屋内でも自分以外に誰もいない場合にマスクを着用する意味はありません。マスクは感染リスクに応じてメリハリをつけて使用することが望ましいと言えるでしょう。

また、基礎疾患として心不全、呼吸不全があり、マスクを着用すると酸素飽和度が保てないケースや正しい着用ができない小児などは敢えてマスクを着用しなくてもよいかとは思います。

―新型コロナ対策では、スウェーデンのような強制的な政策は行わないことで緩やかな集団免疫の獲得を目指す政策の是非もしばしば議論になります。

現在のスウェーデンは一時期よりかなり感染者は減っていますが、人口当たりの死者数は今のところ日本よりはるかに多くなっています。そして集団免疫が獲得できるほどの感染率にはまだまだ到達していません。

そもそも「人口の〇割が感染すれば、流行がなくなる」という集団免疫の考え方は、一度感染すれば再感染がほとんど起こらないことを前提としています。

ところが、新型コロナの場合は既に再感染事例が報告されているので、集団免疫については無理とまでは断言しませんが、少なくとも実現の可能性は遠のいたと思いますね。

その意味ではスウェーデンの戦略はやや危険とも思えますし、少なくとも私個人は日本が真似すべきと考えません。