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高校生のワクチンに対する誤解に驚いた…!若い世代の「ワクチン不信」の根にあるもの

2021/8/4(水) 7:02 現代ビジネス

 「新型コロナワクチンも、HPVワクチンのようにあとから危険と分かったらと心配」  先日、高校で子宮頸がんなどを予防するためのHPVワクチンに関する授業を行った際、事前のアンケートである生徒のそんなコメントを目にしたという、産婦人科専門医の稲葉可奈子さん。この生徒に限らず、誤解によりワクチンに対して不安を抱いている若者は少なくないという。新型コロナワクチンとHPVワクチンに関する知識を広める活動を行う稲葉さんに、日本の若い世代に「ワクチン不信」が起こる背景について解説してもらった。※以下、稲葉さんによる寄稿。 【漫画を読む】セックスのとき、「女性の体内」で何が起きているのか ———- 【稲葉 可奈子(いなば かなこ) プロフィール】 産婦人科専門医・医学博士。みんパピ! みんなで知ろうHPVプロジェクト代表、コロワくんサポーターズ、予防医療普及協会顧問、メディカルフェムテックコンソーシアム副代表。京都大学医学部卒業後、東京大学大学院で博士号取得。現在は関東中央病院産婦人科勤務、4児の母。 子宮頸がんの予防や性教育など、正しい知識の効果的な発信を模索中。 ———-

若い世代ほどワクチン接種に消極的

〔PHOTO〕Getty Images

 新型コロナウイルス感染症の第5波真っただ中ですが、新型コロナワクチンの接種も着々と進んできています。2021年8月2日時点で5,116万人以上、人口のおよそ4割が1回目の接種を終えています(首相官邸の情報より)。ワクチンの供給不足が報じられていますが、それはワクチン接種が順調に進んでいることの裏返しでもあります。  自粛生活に限界を迎えつつある中で、感染を抑えつつ生活を元に戻していくための希望の光がワクチンです。医療従事者からはじまったワクチン接種は、高齢者や基礎疾患のある人に続き、基礎疾患のない若い世代へと接種が進んできています。  一方で、いくつかの研究や調査(※1)により、若い世代ほどコロナワクチンを接種したくない割合が多いことが明らかとなっています。また、30~40代を主とする1,438人の男女を対象にした意識調査(※2)によると、自身の子どもへのワクチン接種について17%が接種させたくない、29%はわからない、と回答しています。自身や子どもへの新型コロナワクチン接種をためらう理由として多いのは、いずれの調査においても「副反応や安全性への懸念」です。  現状はワクチンの需要に供給が追いついておらず、接種したい人がまだ接種しきれていない状況ですが、接種が先行している他国の状況をみても、いずれ接種率が頭打ちとなることが予想されます。 接種しない人の中には、強い信念をもって「接種したくない」という人と、「よくわからないしなんとなく不安なのでまだ様子をみたい」と接種を躊躇される人とがいます。  この傾向は、新型コロナワクチンに限った話ではなく、HPVワクチンでも同様です。  わたしは産婦人科医なので、HPVワクチンの説明をする機会も多いのですが、「なんとなく不安」な人というのは、正確な情報が届いていないため判断材料がない、もしくは、自分で調べてもネットにはあまりに多くの情報が氾濫しており、どれを信じてよいか分からない(往々にして不安な情報の方が印象に残ります)ため、判断しきれないまま接種をためらっています。  そういう人の中には、かかりつけ医に質問し、正確な医学情報に基づいた説明を受けることで不安が払拭される人もいますが、医師に質問する機会がない人もいます。

接種率が70%から0.6%に落ちたHPVワクチン

 ここで少し、HPVワクチンについて簡単に説明します。 ———- ・HPVワクチンは、HPV(ヒトパピローマウイルス)の感染を予防するためのワクチン ・HPVは子宮頸がんや中咽頭がん、肛門がんなど、いくつかのがんや尖圭コンジローマの原因となるウイルス ・子宮頸がんは30代後半から40代に多く、その9割が子宮摘出などの治療が必要となるため、ワクチンとがん検診による予防が非常に重要 ・2013年にHPVワクチンは定期予防接種化され、小6~高1の女子は無料で接種できる ・定期予防接種化された直後、副反応を疑う症状が大きく報道され、厚労省はいったん積極的勧奨を差し控えた ・その後の国内外の研究により、安全性とさらなる有効性のエビデンスが蓄積されているにもかかわらず、積極的勧奨は差し控えられたまま ・当初約70%あった接種率が、積極的勧奨差し控えにより0.6%にまで低下し丸8年が経過 ———-  その間、通知が届かなかったためにHPVワクチンを無料で接種できることを知らずに接種の機会を逃してしまった人も多数います。 ようやく2020年10月に自治体から通知をだすように厚労省が通達を出したことで、個別通知を送る自治体が増え、少しずつ接種者数が増えてきていますが、世界的にみたらまだまだ接種率は非常に低いです。

公的機関、マスメディアによる発信の責任の重さ

 予防できる病気である子宮頸がんを予防する機会を逃している人が多くいる状況を見過ごすことができず、積極的勧奨が差し控えられたままでも、まずはみんなに知ってもらえたらと、2020年に「みんなで知ろうHPVプロジェクト」を専門家有志で立ち上げました。  かかりつけ医である小児科や学校現場を通して情報提供するサポートをしたり、接種対象者やその保護者向けにマンガや動画、ゲーム、クイズなどのコンテンツを制作しています。その活動の中で感じているのは、  ・8年前の報道が強く印象に残ったまま、その後、HPVワクチンについての報道を聞かないので、そのままなのだと思っていた、という人が少なからずいる  ・マスコミも、厚労省が積極的勧奨を差し控えたままの状況でどこまで安全性や有効性を報じてよいか悩ましく思っている  ・自治体や学校も、厚労省が積極的勧奨を差し控えたままの状況でどこまで情報提供してよいのか戸惑っている  ということです。  HPVワクチンについて知らなかった、もしくは、なんとなく不安に思っていた人に、正確な情報提供をすると、  ・知っていたら無料で接種したかった  ・こういうの学校で教えてくれたらいいのに  という声が多数届きます。

HPVワクチンの不安が新型コロナワクチンにも波及

〔PHOTO〕iStock

 啓発活動の一環で先日、高校生にHPVワクチンについての話をしました。  「有害事象」と「副反応」の違いについて、コロナワクチンを例にとりながら説明をすると、HPVワクチンについてもコロナワクチンについても、非常によく理解してもらえました。接種したあとに起こったあらゆるよくない事象を「有害事象」といい、ワクチンとの因果関係があるものもないものも全て含まれます。そのうち、ワクチン接種との因果関係があるものを「副反応」といいます。  「新型コロナワクチンの接種後に〇人死亡」という報道は、あくまで有害事象であって、因果関係があるかどうかについてまでは言及していません。同様に、過去にHPVワクチンの副反応と疑われた症状も、あくまで有害事象であって、それが副反応かどうかについては検証が必要です。HPVワクチンの場合、研究の結果、当時報道された有害事象とHPVワクチンには因果関係があるとはいえない、ということが分かったので、ほかの予防接種と比べて特別に危険なワクチンではないのです。  しかし、授業前のアンケートで「新型コロナワクチンも、HPVワクチンのようにあとから危険と分かったらと心配」というコメントを見つけて、正しい情報が一部の10代、そしてその親世代には届いていないことを改めて実感しました。  授業では、HPVワクチンは決して危険なワクチンではないこと、それがちゃんと研究と検証により確認されていること、そして、新型コロナワクチンについても全世界でしっかりモニタリングされており、現状想定されうるメカニズムで将来的なリスクは懸念されていない(あれば実用化されていない)ということを説明し、理解されましたが、HPVワクチンへの不安が新型コロナワクチンにも波及しているまさに典型的なケースでした。  昨年、世界的に権威のある医学雑誌『Lancet』に発表された研究(※3)によると、日本は世界の中でワクチンの安全性や有効性に対する信頼が最も低い、とされています。この論文の中で、2013年に厚生労働省がHPVワクチンの積極的勧奨を差し控えたことがその原因ではないかと分析されています。  WHO(世界保健機関)は2019年に、「世界の健康に対する10の脅威」の1つに、ワクチンの信頼性の低下をあげています。ワクチンの接種率が低下すると、麻疹(はしか)などワクチンで予防できるはずの病気が流行してしまいます。  守れる命を守るためにも、ワクチンの存在は欠かせません。ただ、予防接種は健康な人が予防のために接種するものですので、当然、リスクが大きいものは許容されませんし、実際のリスクにかかわらず、「危険かもしれない」と思っている人が接種したくないと思うのも当然です。エビデンスに基づいた安全性と有効性を公的機関がしっかりと分かりやすく発信し、国民に理解してもらう努力が必要ですし、そのために専門家の存在があると思います。

コロナ対応に追われる今だからこそ、HPVワクチンの早急な検討再開を

 新型コロナウイルス感染症は、老若男女問わず感染しうる、重症化リスクや死亡率がHPVに比べると高いウイルスです。日常生活や経済活動に大きな影響を与え、世界中で感染が猛威を奮っているからこそ、国を挙げて感染対策にあたっています。国も自治体も、マンパワーも予算もとにかく今はコロナ対策が優先となっています。  しかしながら、病気はコロナだけではありません。感染症はコロナだけではありません。  すでに有効なワクチンがある感染症については、エビデンスに基づいた有効性と安全性についての情報を国民に伝え、接種の機会を平等に与えることは、国民の健康を守るためにも非常に重要です。  コロナ対応に追われているからと、HPVワクチンの積極的勧奨を差し控えたままにしておくことは、HPVワクチンの信頼が不当に低いままとなり、それにより新型コロナワクチンの安全性に対しても必要以上の懸念を持たれてしまうことになりかねません。  HPVワクチンの積極的勧奨はすぐに再開できるわけではなく、差し控えを決定した副反応検討部会での検討が必要となります。検討する上でのエビデンスはこの8年の間に十分に蓄積されています。  HPVワクチンの問題は、HPVに限った問題ではなく、ワクチン全般への信頼、ひいては新型コロナウイルス感染症対策にまでかかわる問題です。国をあげてコロナに立ち向かっている今、その最大の武器がワクチンです。ワクチンへの信頼が求められる今だからこそ、HPVワクチンの積極的勧奨についての早急な検討再開が求められるのではないでしょうか。  ※記事の内容は2021年8月3日現在の情報に基づきます。 ———- ※1

https://www.mdpi.com/2076-393X/9/6/662 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000079.000016981.html https://kyodonewsprwire.jp/release/202103282912 ※2 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000079.000016981.html ※3 https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)31558-0/fulltext ———-